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第1話 触れてこない彼女と、寮母さんからの偽装ラブレター

 その日のユーリは少し様子が変だった。

 いつもなら腕を組んでくるのに、一切触れてこない――そんな小さな違いが、妙に気になる。


「なにかあった?」

「急にどうしたんだい?」


 昨夜の宣言通り、男子寮まで迎えに来たユーリ。

 前回と変わらず男子寮は蜂の巣を突いたような騒ぎとなっているが、その辺りについてはユーリといる間に耐性がついてきたので、そこそこ平静だった。


 諦めた、ともいう。


 だからか、隣を歩くユーリに意識を向ける余裕があって、些細な変化にも目がいく。


「私はいつも通りさ。それとも、旦那様の目には一際かわいく見えるかな?」

「……その自信過剰なようで、なにも間違っていない自己評価は普段と変わらないけど」


 日頃から絶えない微笑みも健在だ。

 見た目も反応も、なにも変わらない。


「まぁ、俺の勘違いか。腕を組んでこないし、手も繋がないから、昨日、男子寮の前で別れた後なにかあったのかと思ったんだけど」


 気のせいならそれでいい。

 空いてる手を振って、なんでもないと伝えたつもりなのだけど、隣を歩いていたユーリがいなくなっていた。


 首を後ろに回すと、ユーリが微動だにせず立ち止まっていた。


「? ユーリ?」

「……」


 呼んでも反応がない。


 なんだ?


 振り返って、様子を窺うがピクリとも動かない。

 そのまま眼前まで顔を近づける。

 でも、無反応だ。


「どうした?」

「きゃぁ!?」


 意外とかわいい声を上げたかと思うと、ガツンッとおでこがぶつかった。

 昼間だというのに星が瞬く。


「な、なにをしてるんだ、君は……!?」

「いたたっ……いやそれはこっちの台詞なんだが」


 不用意に顔を寄せたのは俺だけども。


 お互い額を撫でながら、涙目で見つめ合う。


「なんか立ち止まって、呼んでも聞こえてなかったけど、どうした? 体調でも悪いのか?」

「な、……んでもない。私はいつも通りだとも、うん」

「額面通りに受け取るには変なんだけど」

「どこがかな!?」


 そういうところ。

 焦っているというか、余裕がないというか。

 とにかく変だった。


 その違和感を言葉にできず、じっとユーリを窺っていると、きゅっと唇をキツく結んで俯いてしまう。


「……あまり、見るな」

「え、あぁ、ごめん」


 しおらしい反応に戸惑う。


 頭の後ろをかく。

 なんかこっちまで調子が狂う。


「行こうか、旦那様」

「うん」


 促されて、頷く。

 そのまま並んで歩き出すけど、会話は一段と少なくなった。


 気まずさと、一摘みのスパイス。

 それがなんなのかわからず、口を閉ざすしかなかった。


  ◆◆◆


 授業が終わった後、いつもなら薔薇の庭園に寄っていくのだけど、朝の気まずさもあって男子寮にそのまま帰ってきた。


 一応、ユーリにはその旨を伝えたが『そうか』と、短い了承の言葉を返してきただけだった。


 心にここにあらずといった反応だった。

 やっぱりなにかあったのか? と、ユーリを気にかけていたら、突然おでこを突かれた。


「あで」


 額に触れて、顔を上げたら男子寮の寮母さんが「こら」と、困ったように目尻を下げて俺を見ていた。


「……? えっと、ただいま帰りました?」

「はい、お帰りなさい」


 なんだろう。

 帰宅の挨拶をしたのに、俺の前からどいてくれない。


 ユーリと違って悪ふざけをするような人じゃないのだけど。

 怪訝に目を細めたら、呆れたようにため息をかれてしまった。


「名前を呼んで声をかけたのですが……その様子では、気付いてすらいなかったようですね?」

「……申し訳ございません」


 そうだったのか。

 まったく聞こえていなかった。


 肩を寄せて、頭を下げる。

 これでは朝のユーリだ。

 彼女のことをバカにできない。


「心ここにあらずという様子でしたが、なにかありましたか?」

「俺じゃなくてユーリが……」

「ユーリ?」

「なんでもないです」


 寮母さんに言ったところでどうしようもない。

 手を振って大丈夫と伝えると、寮母さんは小首を傾げた。

 大人なお姉さんという容貌だけど、あどけない仕草をされるとやけにかわいく見える。


「それならよろしいのですが、なにかあったらご相談ください。寮母として、できうる限りのことをさせていただきます」

「例えば?」

「そうですね……」


 考えるように金の瞳を上に向ける。

 少し間を置いてこちらを見ると、ピンッと人差し指を立てた。


「悪さをした王子をえいっと叱りつけるくらいはできます」

「……寮母さんの冗談は笑えないですね」


 どちらかと言えば笑うよりも肝が冷える。

 真顔で「冗談ではないのですが」と言っているのが、真実味があって余計に恐ろしい。


 いや、そんな……まさかね?


「まぁ、なにかあったら相談します」

「お気軽にご相談ください」


 目尻を緩ませ、どこか事務的な対応の寮母さんに苦笑する。


 愛想はないが見目麗しく、なにより寮生を大切に想っているのは間違いない。

 そのせいで、懸想する命知らずもいるが、そういう奴らは大抵他の寮生たちと()()することになる。


 詳しくは知らないが、抜け駆け防止条約があるとかないとか。

 俺には関係ないけど、年若い男にとって身近な綺麗なお姉さんというのは、憧れであると同時に劇薬でもあるんだよぁ――


「それと、こちらをどうぞ」


 なんて思っていたら、手紙を渡される。

 飾り気のない白い封筒。


「恋文ですか?」

「はい」


 冗談で口にしたら頷かれてしまった――!?


 いやいや。

 そんなわけないから!

 大体手紙の封蝋に刻印されているのは、リュウ―ル子爵家の家紋だ。


 つまり、実家の手紙で、まかり間違っても寮母さんからの恋文ではない。


「笑えましたか?」

「……肝が潰れました」


 本当に笑えない。

 寮母さんの後ろに、やけに笑顔な寮生たちが集まっているのがなお笑えなかった。


「さっそく相談事ができたんですけど、よろしいですか?」

「では、私の部屋に行きましょうか」


 ――あぁ、死んだ。

 寮母さんのトドメの言葉に、死を思う。


 彼女の後ろで『短剣』『斧』『爪剥ぎ』『断頭台』……物騒な単語がこれでもかって飛び交っている。


 明日の朝日は拝めそうにないなぁ。

 絶望する俺とは違って、寮母さんは処刑法を相談する寮生たちを見て慈しむように目を細める。


「楽しそうですね」

「叱ってくださいよ」

「……? なぜです?」


 自分の魅力をわかっていない寮母さんが、1番の危険人物なのかもしれない。


 敵意と嫉妬を一身に受けながら、先導する寮母さんの後を逃げるように追う。

 相談事というのは寮生たちの暴走をめてほしいという、半ば冗談のようなものだったのだけど、寮母さんは本気と受け取ったらしい。


 勘違い。でも、丁度よくもあった。

 男の俺では察せられなくとも、同性の彼女ならユーリの変化についてもわかるかもしれない。


「人の相談には自信がありますので、大船に乗ったつもりでいてください」

「そうなんですか?」

「はい。以前、相談を受けた友人から『誕生日パーティに寝間着で来るタイプだよね』と褒められました。そのような非常識なことはしませんが、おそらく自分にはない発想が出ると言いたかったのでしょう」


 …………それは、遠回しに空気が読めないと言われたのでは?


 乗船する船が泥でできていた。

 そんな気分になって、早くも大丈夫なのかと不安になる。


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