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第3話 超えてはいけない境界線

「来ちゃった♪」


 男子寮の前で待ち構えていたユーリの上機嫌なあいさつ(?)に、思わず空を仰いだ。


 授業のない休日。

 せっかくだからと散歩でもしようと外に出たのが間違いだったのか。


 太陽は厚い雲に隠れて、俺の疑問に答えてくれそうにない。


「…………、お願いだから帰ってくれない?」

「こういう時は、『朝から君の顔が見れて幸せだ』なんて言って、そっと抱き寄せるべきだろう?」


 ユーリが腰に手を当ててぷんすかダメ出しをする。

 ブラウスとロングスカートという上品な服装でも、お淑やかさを維持するの難しいらしい。


「そうか、俺の対応は間違ってたか」


 やけにテンションの高いユーリを見ていると頭痛が酷くなるが、これも対応を間違えたせいなんだろう。


「ではもう一度」

「やらんでいい帰れ」

「辛辣!」


 ユーリの後ろを指差すと、ガーンとショックを受けたように彼女はふらついた。

 よよよと悲しむように頬に手を添える仕草があまりにもわざとらしく、俺の視界がどんどん細くなっていく。


「せっかく来たのに帰れだなんて、照れ隠しにしても言い過ぎだぞ?」

「勝手に俺の気持ちを代弁するな」


 照れ隠しじゃねー。


「心の底から、本気で帰ってほしいんだ」

「お邪魔しまーす」

「おいこら」


 さらっと俺の横を通り過ぎて寮の中に入ろうとするユーリの肩を掴んでめる。


「なんだい?」

「なに平然と入ろうとしてるんだよ」


 不満そうに唇を尖らせるな。

 文句を言いたいのは俺だ。


「旦那様の部屋に遊びに来たんだが?」

「おかしなこと言いました? みたいな顔するな。全部おかしいだろ、全部」

「はて?」


 首を傾げるユーリ。

 すっとぼけたその顔をかわいいと呼ぶ奴もいるだろうが、俺はイラッとする。


 いや、待て待て冷静になれ。

 ここで苛立てばユーリの思う壺だ。

 落ち着いて、順序立てて確認していこう。


「まず、男子寮は女子禁制なのは知ってるよな?」

「当然だね」

「……」


 深呼吸する。

 頭を小突きたくなったが、それは後だ。

 今は事情確認に努めよう。


「未婚の女性が男の部屋に上がるのは問題だよな?」

「ふふっ、なにをいまさら。婚約しているのだから、なにも問題はないだろう?」

「…………学校や寮母さんに許可は取ったか?」

「必要ないさ」

「あるよバカ!」


 あーもーどうして俺は偽装とはいえこんな令嬢と婚約してしまったのか。

 庭園を使わせてもらうためだからって割に合わない。

 でも、あれは避けようのなかった事故というか詐欺みたいなもので、どこかしらに訴えればこの契約をなかったことにできないだろうか。


 ……無理だよなぁ。

 公爵令嬢相手だもんなぁ。


「バカ、バカか……」

「あ……悪い。つい勢いで」


 ユーリと接していると忘れそうになるが、彼女はれっきとした公爵家の人間だ。

 本来なら雲の上のような存在で、こんな風にぞんざいに扱っていいような女性じゃない。


 もう少し口を慎まないと。

 そう緩んだ意識を改めようとしたのだけど、なぜかユーリは蒼い瞳をキラキラ輝かせて俺を見返してきた。


「いいな! そういうのもっとほしい!」

「なんで罵倒されて喜んでるんだよ……」


 顔を覆う。

 ユーリの高いテンションについていけない。


「私を気軽に罵る者なんていないからね。とても新鮮で、なんだか気のおけない関係みたいではないかい?」

「バカと気のおけなさは関係ないと思うけど」

「旦那様のバカ!」


 ユーリの額を指で小突くと、「いたーい♪」と楽しそうに仰け反った。

 俺は倒れそうだよ。


 ほんと、なんでこんなに機嫌がいいんだか。

 わからないが、あまり寮の前で騒ぎたくはなかった。


 この前、ユーリが朝迎えに来た時は男子寮をひっくり返すような騒ぎになってしまった。

 帰ってからそれはもう大変で、普段関わらない寮生から質問攻めされるし、寮母さんからは『あまり騒ぎにはしないでくださいね?』と困ったようにお叱りを受けてしまった。


 幸い、今日は寮母さんはお休みだ。

 彼女の耳に入らない内にユーリを帰したい。


 ……手遅れな気もするけど。

 寮の窓から感じる人の気配に辟易する。


「早く帰ってくれよ」

「む」


 露骨に肩を落としたからか、さすがのユーリも笑顔を引っ込めて不満そうに下唇をぐっと持ち上げる。


「私が悪いみたいに言うが、旦那様も手伝うと約束したじゃないか」

「手伝うって、なんの話だよ」


 男子寮に入れる手伝いを了承した覚えはないし、するつもりもない。


「忘れたのかい? 私と旦那様のラブラブっぷりを見せつける、と。旦那様は『手伝うのもやぶさかじゃない』とちゃんと口にしたぞ」

「……言った」


 確かに数日前にそんな話をした。

 したし、覚えているけど、どこがどう繋がって俺の部屋に上がることになるのかがわからない。


 諦めてユーリに尋ねると、「旦那様は鈍いな」と笑われる。


「校舎でラブラブっぷりを見せつけるだけでは効果が薄かった。ならばと私は考えた。既成事実を作ってしまえばいい、とな!」

「わーあったまいー」


 そしてあまりにもバカだ。

「だろう?」なんて小ぶりな胸を張っている場合じゃない。


「偽装ってわかってる?」


 それをしたら、偽装が偽装でなくなるんだが。

 当然とばかりにユーリは頷いて、ふふっと嫣然と微笑む。


「安心したまえ。今日私たちが既成事実をするという噂は、女子寮中に広めておいたとも!」

「それはどうもありがとう! 明日から引きこもりだよちくしょー!」


 休日にでかけようとしていただけなのに、表を歩けなくさせられていた。


「これで旦那様が子爵家だからと侮って、求婚してくるような不届きな輩はいなくなるだろう」

「俺が公爵令嬢に手を出した不届き者になってるんだよなぁ」


 あははー、となぜか笑いが込み上げてくる。


「旦那様も喜んでくれてなによりだ。では、行こうか」

「喜んでない……というか、え、本気で?」


 驚いている間に俺の手からするりと抜け出し、ユーリは寮の扉に手をかけていた。

 僅かに扉を開けて彼女が振り返る。


「旦那様の部屋だろう? 案内してくれ」


 くいくいっと手招きしてきてユーリが微笑む。

 超えてはいけない境界線を踏んだ気がした。



  ◆第5章_fin◆

  __To be continued.


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