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第2話 婚約破棄を提案したら、脛を蹴られた

 教室から逃げてきた先の庭園で、さらなる難題に突き当たるとは思っていなかった。


 求婚されている理由を俺が尋ねたら、心底嫌そうにユーリは顔を歪める。

 子どもが嫌いな野菜を食べさせられたようにむすっとして、「公爵令嬢がそんな顔するなよ」と言っても聞く耳を持たない。


 そのままテーブルの上に置いてあった見慣れない書類を取ると、俺に差し出してきた。


「なにこれ?」

「ん」


 喉だけ鳴らして、いつもの席にユーリは座る。


 説明してくれよ。

 ユーリが教室に来てからというもの、あまりにも展開が怒涛すぎる。

 頭の処理は追いつかず、落ち着く暇なんてない。


 とりあえず俺も椅子に座る。

 訝しみながら、やけに豪華な装丁のされた書類を確認する。


釣書つりがき?」


 いわゆる見合い相手のことが書かれた書類だった。

 俺にはえんはないが、妹は顔がいいので度々こういったものが届くので見たことはあった。


 第二夫人やら妾やら、わかりやすく妹の容姿目当てのものしか届かないので、あまりいい印象はない。

 自然と眉間に皺が寄る。


 話の流れからしてユーリへの縁談なんだろうけど……って、


「子爵?」


 身分がどうこうとは、俺の立場からあまり言いたくはないが、公爵令嬢であるユーリに縁談を申し込むには釣り合っていない。


「領地は……うちとそんなに変わらない。資産までは書いてないけど、公爵家に見合うとは思えないよな」


 身分以外の優れた部分があればまた別だが、記載されているプロフィールは子爵だなぁと思うようなものでしかなかった。

 添えられた肖像画も、うん、まぁ子爵。

 

 勇気があるのか、無謀なのか。

 どんな反応をすればいいのか困っていると、「他のも見たまえ」とテーブル上に積まれた釣書を指差されたので、上から見ていく。


「子爵、男爵、男爵、侯爵、子爵、子爵、男爵……」


 なんか、低くない? 爵位。


 時折、侯爵も交じるが、だいたいが子爵と男爵だ。

 というか、子爵でも身の程知らずだというのに男爵とか、もはや失礼に感じるのは俺だけだろうか。


「なに? 条件なしで結婚相手でも募ったのか?」

「そんなわけないだろ?」


 じろっと睨まれてすぐに謝った。

 ごめんなさい。


 冗談のつもりはなかったが、軽口を受け止める心の余裕も今のユーリにはないらしい。


「て、ことはこいつらが勝手に送ってきたってことだよな」


 俺ならこんな自殺紛いのことはしないが、1人2人ならまだわかる。

 ただ、こうも多いとなにかしらのきっかけがないと起こらないはずだ。


「そもそも、俺が婚約者だって広まってるはずなのに非常識、な……な、な?」


 あれ、もしかして?


「わかったか?」

「あー……」


 むすっと不機嫌を隠そうとしないユーリからの問いかけに言葉に迷う。

 目を泳がせて、でも、無意味な時間稼ぎだよなと悟って恐る恐る自分の顔を指差す。


「原因……俺?」

「そうだ」


 否定してほしかったが、ユーリはため息混じりに頷いた。


「私の婚約相手が旦那様、つまり()()()だと広まったのが原因だ。旦那様でもいいなら自分でも婚約してもらえるんじゃないか? そう考えた不届き者が多かったということだ」

「おまけに没落して貧乏とくれば、我先にか」


 釣書の表紙をトントンッと指先で叩く。

 行動の理由を知るとなるほどなーと納得してしまう。


 確かに、公爵令嬢単体だと恐れ多いが、俺という比較対象がいるなら、もしかしたらと考えるのもわからなくはなかった。

 そこに俺やユーリの事情を汲み取ろうとした形跡がないのは、貴族らしいというかなんというか、軽率だなぁと呆れるけど。


「ユーリが不機嫌になるのもわかるけど、それでどうしたら教室でのキスに繋がるんだよ」

「私の旦那様はクルだけ! というのを見せつけてやろうと思ったんだ」

「強引すぎだろ」


 直情的でもある。

 考えなしでユーリに釣書を送ってきた相手と同じくらい思慮不足だ。


「もうちょっと考えろよ」

「なら、どうすればいいんだ」

「どうするって、別に簡単だろ」


 そう悩むことじゃない。

 原因がわかっているなら、取り除く。

 ただそれだけの話だ。


「俺とユーリは婚約してませんでしたって広めれば解決だ」


 ユーリが俺と偽装婚約したのは相次ぐ求婚を無くしたいから。

 けど、それが原因で求婚が増えたんじゃ本末転倒だ。


「ほら、簡単だろ?」

「…………旦那様」

「はい」


 なんか急にユーリの声が低くなった。

 その瞬間、背筋に悪寒を覚えるが、時間は巻き戻せない。


「本気で言っているのかい?」

「冗談ではないな」

「そうか」


 そう相槌を打つように言ったユーリが、ガッと音を立てて席を立つ。

 普段は音なんて立てないのに珍しい。


 お茶でも淹れるのかと思えば、テーブルを回り込んで俺の正面で立ち止まった。

 影の中で輝く蒼い瞳が恐ろしく見える。


「ユーリ、あーと、……なんか変なこと言ったか?」

「旦那様」


 ユーリが手を伸ばしてくる。

 その指先が頬に触れてドキリとしたのも一瞬、ぐわしっと俺の顔を潰すように両手で挟んできて驚く。。


 そのまま虚ろな瞳でユーリは唇を近づけてきて――待て待て待って!


「なにしようとしてるんだ!?」

「キスだ」

「そんな冷静に! なんで!? 教室もどうかと思ったが、アピールする相手のいないこの場所でキスする意味はないだろ!?」

「腹が立った」

「ユーリは腹が立つとキスするのか!?」

「しない。でも今はする」

「するな!」


 朝から寮に迎えに来たり、今日のユーリはどこか様子がおかしかったが、今はそれに輪をかけて変だ。


 片手でユーリの額を押さえて、もう一方の手で俺の顔を潰す彼女の両手を引き剥がす。


「なんなんだ、ほんとに」

「わからないのかい?」


 額に浮かんだ冷や汗を拭っていると、ユーリがふてくされた流し目をくれた。


「婚約破棄すればいい、と言われた女性の気持ちを考えたことはあるかい?」

「いやだって偽装だし」


 言うと、げしっと脛を蹴られた。痛い。


「偽装であっても、婚約は婚約だ。それを簡単にやめるなんて口にするべきではないだろう」

「でも、偽装婚約のせいで求婚が増えたら本末転倒だし」げしっ。

「他にも方法はあるだろ?」

「手っ取り早い……」げしげしっ「わかった! 謝るからもう脛を蹴るなって!」げしげしげしっ「いやほんとにごめんって!」


 段々蹴る力が強くなってくるものだから、我慢するのも限界だった。

 屈んで痛む脛をさすると、ユーリがふんっと不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「旦那様は乙女心を理解するべきだ」

「……一生わかる気がしねぇよ」


 ぼやいたらジロリッと睨まれたので、「努力します!」と背筋を伸ばす。

 じーっと見つめられ、冷や汗がダラダラ止まらない。

 しばらくして、諦めたようにユーリがため息を零して視線を外したので、どうにか息をけた


「もういい。デリカシーのない旦那様には期待しない」


 最初からそうしてくれ。

 そう思ったが、口にはしなかった。

 またキスされそうになったり、脛を蹴られたりしたらたまらない。


「代わりに旦那様には求婚根絶運動を手伝ってもらうからな?」

「なんか花を根絶やしにするみたいだな」

「余計なことしか言わない口を、私が塞いであげようか? ん?」

「ごめんなさい」


 微笑んで顔を近づけてくるユーリを見て、すぐ謝った。

「それはそれで失礼だろう」と拗ねているが、そもそもキスを脅しのように使ったのはユーリなので俺は悪くない。


「まぁ、手伝うのはやぶさかじゃないが、なにするの?」

「ふふっ」


 不敵にユーリが笑う。

 うわーもう嫌な予感が凄い。

 なにも聞いてないのに頭が痛くなってくる。


「決まってるだろ? もっと私たちのラブラブっぷりを見せつければいいんだ!」

「わーすごーい」


 無感情でパチパチと拍手をする。

 俺程度じゃユーリの考えなんて及びもつかないが、俺にとって不都合なのはわかる。


 それでもめないのは、さっきユーリを怒らせてしまった手前、強く言えないからだ。

 絶対碌なことじゃないのに、なにもできない無力な俺。はぁ。


「そうだろう? ふふっ、作戦名は……『2人の間には割って入れない! 学園1のラブリー夫婦大作戦!』がいいかな?」

「作戦名いる?」


 意気揚々とユーリが上げるセンスの欠片もない作戦名には、物申せずにはいられなかったが。


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