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第3話 キスをしよう

「……やけに楽しそうだな」

「んー? そう見えるかい?」


 返答の代わりに、暖かい手元を見る。

 いつもは腕を組んで『私の旦那様』と周囲に宣言するのに、今日は手を繋いでいるだけ。


 その繋いだ手をユーリは子どものように前後に揺らしていた。

 これほどわかりやすい『楽しそう』も、なかなかないと思うけど。


「ふふっ、旦那様がそう思うなら、私は楽しいのかもしれないね」

「自分のことだろ」

「一番理解できないのは、いつだって自分なのさ」


 煙に巻くような物言いに目を細める。


 頬がほんのり赤い。

 動きもどこかふわふわしている。

 ……まさか、


「酔ってないよな?」

「ある意味では、酔っているかもしれないね?」

「さっきからどうして意味深なんだよ」


 ユーリとのやり取りは疲れるけど、今日は殊更だ。

 どうしたんだか。

 気になるけど、先に確認したいことがある。


「なんで寮まで迎えに来たんだ?」


 放置してきた男子寮の騒ぎを思い出すと、朝だというのに憂鬱になる。

 帰った時にどうなるか。

 考えただけでげっそりする。


「わからないのかい?」

「わかったら訊いてないって」

「まだまだ旦那様として修練が足りないね」

「なに? ユーリの中の旦那様って騎士や武道家なの?」


 どんな修練を積めば、旦那様として磨きがかかるんだ。

 花嫁修業ならぬ旦那様修行?

 理想の紳士と同じくらい無理難題な気がしてくる。


「そもそも旦那様じゃないし」

「ふふっ、それについては追々かな」

「なにが?」


 偽装婚約の旦那様なのは事実なので、追々どうにかするもなにもない。


 どういうことだとユーリを見たら、するっと繋いでいた手が放れた。

 そのまま踊るようにステップを踏んで、俺の前に回り込んでくる。


 くるりとスカートを翻し、


「ただ、一緒に登校してみたかったんだ。旦那様と」


 そう言って、蕾が咲いたように微笑んだ。


 さぁっと風が空気を攫う。

 どこからか運ばれてきた薔薇の香りが鼻孔をくすぐった。


「なんだそりゃ」


 吐息を零し呆れて見せるけど、内心は動揺していた。

 一瞬、ユーリの笑顔に見惚れてしまった。

 頬の熱を風が冷やしてくれなければ、今も見つめたままだったかもしれない。


 なにをこんな焦ってるんだ、俺は。

 ユーリと出会ってから、彼女の微笑みなんて毎日見てきた。

 そのどれもが魅力的なのは認めるが、こんなにも動悸が激しくなったのは初めてだった。


 その違いはなんなのか。

 内側から胸を叩く心臓に触れて確かめようと手を持ち上げたら、隣に戻ってきたユーリにその手を掻っ攫われる。

 もう一度、手を繋がれる。


 一際大きく、心臓が胸を叩いた。


「……周りに誰もいないだろ」

「私が繋ぎたいから繋いでるんだ」


 暗に『いつもの旦那様アピールとは違う』と告げられて、どうしたものかと悩む。


 それなら、そもそも手を繋ぐ必要なんてない。

 だから、引き離すべきなんだろうけど、それを躊躇ちゅうちょしてしまうのはユーリが女の子で、手荒な真似をしたくないから……だと思う。


 自分のことなのに自信がなかった。

 華奢な手の感触が、いやに気になる。


「朝から調子が狂う……」

「私もだよ」


 言える立場か。

 そんな指摘は楽しそうなユーリの微笑みの前では、呑み込まざる負えなかった。


  ◆◆◆


『昼休みは迎えに行くから、教室で待っていてくれ』


 朝、そんな約束を笑顔で言い残してユーリは去っていった。


「別にいつも通り庭園で落ち合うでもいいのに」


 他クラス、それも1年と2年では授業が終わるタイミングも違う。

 わざわざ迎えに来るのは非効率だ。


「まぁ、それを言い出したら朝、寮に来た時点で非効率極まりないけど」


 自分の席でユーリを待ちながら、彼女の変化に思いを馳せる。


 朝も昼休みも。

 労力を惜しまず、迎えに来たいという原動力ははなんなのだろうか。


 周囲に対する旦那様アピール?

 違うよなぁと首を振る。


 それはもう十分に成されていて、婚約者(偽)を持つ俺に刺さる嫉妬の視線からもわかることだ。

 

 ではなんなのか。

 うんうん悩んで、まさかと思い至るのは1つの答え。


(俺に本気で惚れた、とか?)


 思って、まっさかーと笑い飛ばす。


 相手は公爵令嬢。

 多少気に入られているのはわかるが、それも貴族の戯れというか、物珍しさあってのものだろう。


 あくまで偽装婚約。

 契約あっての関係だというのを忘れて、勘違い男に成り下がるつもりはなかった。


「でも、だとしたらなんでだ?」


 悶々と疑問を山のように積み上げていると、机の前に誰かが立つ。

 まさか、ついにクラスメイトが絡んできたわけじゃないよな?


 僅かに怯えながら顔を上げると、立っていたのはユーリだった。

 待ち人でほっとする。


「驚かすなよ。来てたなら声をかけてくれ」

「……旦那様」

「? どうかしたか?」


 なんだか様子がおかしい。

 覇気がないというか、静かというか。

 そもそも、教室に到着した瞬間に『私の旦那様!』と呼んでないのが変だった。

 いや、それが当たり前になっているのはどうかと思うが、とにかく変だ。


「なにかあったか?」


 前髪で隠れた目元を覗こうしたら、突然ガシッと両頬を挟まれて「うぇ?」と変な声が漏れる。


「――旦那様!」

「え、あ、なに?」


 早すぎる展開に感情が追いつかない。

 状況に似つかわしくない気の抜けた返事をしていると、


「キスをしよう!」


 突如、ユーリが大声で言い放ち、教室が一瞬静まり返る。

 脳が理解を拒み、思考が止まる。


「……………………………………………………え?」


 なに、……言ってるの?



  ◆第4章_fin◆

  __To be continued.


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