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第1話 薔薇の庭園で銀髪の淑女とお茶会を

 俺にとって学園は居心地のいい場所ではなかった。

 王都にある貴族のみに門戸が開かれた王国きっての学園。

 ただ、その実態は貴族の社交場、令息令嬢の婚活会場だった。


 誰もがより身分の高い、顔のいい結婚相手を求めている。

 それは貴族も平民も同じだが、この学園では特に顕著だった。


 勉学よりも交流。

 そうしたイベントは毎月のように行われている。


「貧乏貴族の俺には無縁なことで」


 一応、家は子爵位だが、残念なことに名声も資産もなかった。

 数代前までは金山で栄えていた我が領も、時が流れるにつれて金の採掘量は先細りしていき、祖父の代で枯れ果てた。


 それだけならばよかったのだけど、かつての栄光を取り戻すべく祖父が一攫千金を狙い、新たな鉱脈を探すために残った財産を投資。

 上手くいけば万々歳だったが、世の中は厳しいものだ。新しい鉱脈なんて見つかるはずもなく、手元にあるのは空の倉庫だけ。


 ゴールドラッシュは過去の栄光となり、今では貧乏貴族の仲間入りである。

 その時代を知らない俺からすればそうなんだーくらいだが、栄光と衰退の狭間にいた父は見事に魂のなくなった抜け殻になった。

 領主の仕事も手に付かず、傾くどころか一家離散の危機、というのが我が家の現状だった。


「どうにかしないとな」


 夢破れ、あっけなく世を去った祖父はともかく。

 うちには両親に妹がいる。

 さらには金頼りの仕事に就いていた領民には失業者もあふれていた。領地経営破綻は目の前だった。


「金、金、金」


 とにかく金が必要だった。

 そのためには、勉強をして、よい就職先を探さなければならない。だからこそ、貴族御用達の学園に入学したのだ。


「両親はともかく、妹がなぁ」


 このままいくと、政略結婚になりかねない。

 とかく顔がいいので、そうした話はそこそこくる。ただし、それは金と妹のトレードで、身売りとほぼ変わらない。

 中には50代60代という父よりも上の世代からもお見合いの話がくる。

 妹本人は家族のためならと覚悟を見せているが、10代の妹にそんな身売りのような真似はさせたくはなかった。


「だからこそ頑張らないといけないのに……」


 回廊から中庭を見ると、品のいい男女がお付きのメイドや執事を控えさせて談笑に耽っている。

 和やかな風景にも見える。けれど、実際には『結婚どうです?』『ご実家の資産おいくらかしら?』なんて会話が、貴族流の綺麗な言葉選びでやり取りされている。


 居場所がない。

 知り合いの伝手を頼って、どうにか入学できた。そうでなかったら、子爵でもこんな没落貴族、敷地内に足を踏み入れることすら許されない。

 そこに学園生徒たちとの目的意識すら根本から違うのだから、白鳥に紛れるアヒルの気分だ。


 ふと、中庭にいる令嬢の目が一瞬こちらを向いた気がした。

 偶然見た。

 それだけのはずなのに、蔑まれたような気がして足早に廊下を抜ける。

 居場所がない。

 寂寥ばかりが胸の内でわだかまる。


  ◆◆◆


「……どこだ、ここ?」


 逃げるように走っていたら、知らない場所に出てしまった。

 薔薇の生け垣が壁のように広がっている。


 この学園は貴族が通っているだけあって広大だ。

 どこになにがあるのか、どれだけ広いのか。

 入学してまだ日の浅い俺には把握できないでいる。


 戻ることも考えたが、さっきの中庭での光景を思い出して足が固まる。

 授業になれば戻らないといけないが、せめて昼休みの間くらいは1人で過ごしていたかった。


「どこか、1人になれる場所」


 見たことのない薔薇の壁に、そんな期待が膨らむ。

 そもそも踏み入れていい場所なのか、なんて不安もあったが、学園生活の息苦しさから静謐を求める気持ちがまさった。

 

 だから、そのまま薔薇の壁に沿って歩いてみる。

 と、枝葉でできたアーチ状の入口を見つけた。


「どうするか」


 なんて、考える振りをしてから、ちょっとくらいと中に入ってみる。

 段々と探検心が擽られていた。

 中は迷路になっていて、道が別れたり、行き止まりだったり。

 当初の静かな場所を探すなんて目的は、最初の行き止まりに当たった時点で頭の中からすっぽり消えていて、とにかくこの薔薇の迷路を抜ける、という熱意と意地だけで行動していた。


 それは、学校での居場所がないという鬱憤によるものもあったかもしれない。

 右に左に。

 どうにか迷路を抜けると、小さな広場に出た。円形の薔薇の囲い。その中央には屋根があって、その下にはアンティーク調のテーブルがあり――


「あ」


 ――1人の美しい少女が紅茶を楽しんでいるところだった。


 銀の髪。蒼玉の瞳。

 おとぎ話の世界に迷い込んだように気分になるほど、その少女は隔絶とした雰囲気を纏っていた。

 一風景を切り取った絵画のように、銀髪の少女は静かに紅茶を啜っている。


 その神秘的な姿にしばし見惚れる。気づけば、少女の蒼い瞳がこちらを射抜いていた。

 心臓が大きく跳ねる。


「君は、……誰かな?」

「え、いや」


 咄嗟に言葉が出てこない。

 ただ声をかけられて、ようやく自分がヤバい状況に置かれていることに思い至る。

 さーっと、血の気の引く音が鼓膜を撫でた。


 顔は知らない。

 でも、雰囲気や、こうした特異な場所にいることからも身分の高い人物であるのは間違いなかった。

 学園の制服を着ているから生徒だとは思われるが、だからといって勝手に入ってきた俺を同じ生徒だからと許すとは思えなかった。


 どうすればいいのか。

 上手く言葉にできず、突っ立っていると少女が代わりに声をかけてくれた。


「1つ確認しよう。結婚の申し出ではないね?」

「違いますっ!」


 ぶんぶんっと必死に首を左右に振って否定する。

 それだけ整った容姿なら誘われるのもやむなしと思うが、そんな気は毛頭なかった。


「そうか。なら、せっかくのお客さんだ。1杯飲んでいくかい?」


 カップを上げて誘われる。

 微笑み1つ浮かべていない淑女からのお茶の誘いをどうするべきか。

 暗に帰れと言われている可能性も否めない。

 でも、本気で誘われていたら、断る方が無礼に当たる。


「……じゃあ、1杯だけ」


 悩んだ末に控えめに頷く。

 そうか、と応じた少女が向かいの席を見る。

 そこに座れという意味だと1拍遅れて気付いて、急いで席に着く。


 静かな場所を探していただけなのに。

 どうしてか、明らかに高貴な身分の少女と相席をしている。

 これからどうなるのか。

 心拍数が心の代わりに焦燥を訴えている。


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