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消えた記憶と愛する人の嘘 7
朝6時。
病院内に響くアナウンスが静かな空間を揺るがし、検温の時間を知らせた。
窓の外はすでに白んでいる。
けれど、俺はほとんど眠れなかった。
昨夜、ずっと考えていた。
必死に、舞子のことを思い出そうとした。
だが――何も浮かんでこなかった。
名前も、声も、二人の思い出も。
目を閉じてみても、暗闇の中には何も映らない。ただむなしさだけが広がるばかりだった。
考えれば考えるほど、あせりだけが募る。
「……はぁ。」
静かな病室に、浅いため息が落ちる。
ベッドの上でぼんやりと天井を見上げながら、俺は自分の両手をじっと見つめた。
この手は、本当に舞子の手を握ったことがあるのだろうか?
この腕は、彼女を抱きしめたことがあるのだろうか?
そう思うと、少し怖くなった。
知らない過去が、確かに俺の中にある。
それがどんなものだったのかも分からないのに、俺は「彼女の恋人」として今ここにいる。
「……分からない。」
言葉にすると、さらに不安が膨らんだ。
ふと、カーテンの隙間から差し込む朝の光が目に入る。
ぼんやりとしたまま、俺はその光を眺めた。