消えた記憶と愛する人の嘘 6
まいは、俺の隣の椅子に座りながら、楽しそうに話し続けていた。
最初こそぎこちなかったが、彼女は気を遣うように、ゆっくりと穏やかに話してくれる。
「私たち、今は一緒に住んでるんだよ。って言っても、半同棲みたいな感じだけどね。」
そう言って、恥ずかしそうに頬をかく。
一緒に住んでいる――つまり、それほど親しい関係だったということか。
私の反応を気にするように、まいは少し照れくさそうに笑った。
「最初は私の家に遊びに来ることが多かったんだけど、いつの間にか合鍵渡してて……で、今はほとんど一緒にいる感じ。」
そう言われても、正直なところ実感が湧かない。
「そう……だったんですね。」
どこか他人事のような返事になってしまったが、まいは気にする素振りを見せず、続けた。
「それでね……私たち、結婚の約束もしてたんだよ。」
彼女は少し恥ずかしそうにうつむいた。
「……結婚?」
思わず聞き返すと、まいは照れたように小さく頷いた。
「うん。でも、まだ正式に婚約とかじゃなくて、二人で ‘そろそろ考えようか’ って話してた段階だけどね。」
「そう……だったんですか。」
記憶がないとはいえ、そんな大切な話をしていたのに、何も思い出せないことが申し訳なく思えてくる。
まいはそんな俺の気持ちを察したのか、明るく話題を変えた。
「あ、そうだ! 退院したら、久しぶりに美味しいもの食べに行こうよ! 何がいいかな? 謙、お寿司好きだったよね?」
「……そうなんですか?」
「うん、回転寿司でもいいからって、よく言ってたよ。」
まいはクスクスと笑う。
「あとは焼肉も好きだったかなぁ。そうそう、辛いものは苦手で、カレーは甘口派!」
「……そうなんですね。」
自分のことなのに、まるで誰か他人の話を聞いているみたいだった。
だが、まいの楽しそうな笑顔を見ていると、記憶がないからといって彼女の気持ちを台無しにするのは悪い気がして、私は曖昧に頷いた。
そんなやりとりをしているうちに、病室の扉がノックされ、ナースが顔を覗かせた。
「高木さん、そろそろ面会時間が終わりますので……。」
「あ、もうそんな時間なんだね。」
まいは時計を見て、少し残念そうな顔をしたが、すぐに微笑んで立ち上がった。
「じゃあ、今日は帰るね。また明日来るから。」
そう言いながら、そっと手を振る。
私はぎこちなくそれに応えた。
「……はい。お気をつけて。」
まいは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにクスッと笑った。
「なんか、敬語の謙って新鮮だね。」
そう言い残し、彼女は病室を後にした。
再び、静寂が戻る。
病室に一人残された私は、深く息を吐いた。
「……記憶、か。」
思い出せない。
いくら頭の中を整理しようとしても、何も浮かんでこない。
自分のことも、まいのことも、二人の過去も。
彼女はあんなに嬉しそうに話していたのに、俺には何も感じるものがない。
「……ごめんなさい。」
誰に向けたのかも分からない言葉が、ふと口からこぼれた。
長編2作目、よかったらまたお付き合いよろしくお願いいたします。
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