消えた記憶と愛する人の嘘 44 【帰宅、新たな驚き そしてただいまとおかえり】
まいが運転手にさりげなく指示を出し、タクシーは俺の自宅であるマンションの前に停車した。
窓越しに外を見上げると、俺はふと問いかけた。
「まい、本当に俺ここに住んでるのか?」
まいはにっこりと微笑みながら、「うん、そうだよ」とあっさり返す。
その声は、まるで俺の家を当然のものとして扱っているかのようだった。
しかし、俺が実際に建物を見上げると、思い描いていた以上に洗練され、モダンな佇まいが目に飛び込んできた。
ガラス張りの外観と控えめな照明が調和し、上品でオシャレな印象を与えるその姿に、俺は思わず息を呑んだ。
「…こんなにかっこいいマンション、想像してなかったよ」
まいは「さあ、行こう」と、嬉しそうに俺の腕を引っ張りながらエレベーターへと誘った。
エレベーターの扉が開くと、俺たちは一緒に乗り込み、数字がゆっくりと上がっていく。
そして、それは最上階
最上階の22階にある俺の部屋
まいが鍵を開けて、入ろうと手を引いて中に入ると、広々としたリビングと洗練されたインテリアが調和し、まるで高級ホテルの一室のような雰囲気を漂わせていた。
照明の柔らかな光が空間を包み込み、壁にはセンスの良いアートが飾られ、どこか温かみさえ感じさせる。
「おい、まい……」
俺は思わず、声を震わせながら呟いた。
まいはそんな俺の様子を見て、にっこりと微笑みながら、
「どう? すごくオシャレでしょ?」
と、嬉しそうに問いかける。
俺はただただ頭が回らず、「マジで…ここほんとに俺の家?」と、焦りの言葉を漏らした。
まいはリビングに一歩足を踏み入れたあと、くるりと振り返り、柔らかく微笑んだ。
そして、まるで待ち望んでいた言葉を口にするかのように、優しく囁く。
「謙、おかえり」
その声はとても温かくて、どこか安心感を与えるものだった。
俺はまだ自分の家という実感が湧かず、少し戸惑いながらも、まいの表情を見ていると自然と胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……あぁ、ただいま」
言葉にすると、じわりと心が満たされていく気がした。
帰る場所があること、そして迎えてくれる人がいること――それがどれほど幸せなことなのか、今さらながら身に沁みる。
まいは満足そうに微笑みながら、そっと俺の方へ歩み寄ると、何の前触れもなく軽く唇を重ねてきた。
それはまるで、何気ない日常の延長にある、ごく自然な愛情表現のようだった。
驚きつつも、そのぬくもりに思わず目を閉じる。
長く触れることはなく、ほんの一瞬の出来事だったけれど、俺の心にじんわりとまいの存在が染み渡っていく。
唇が離れると、まいはくすっと笑い、少し照れくさそうに俺を見上げた。
「これで、ちゃんと帰ってきたって感じするでしょ?」
俺はその言葉に、つい笑ってしまう。
「そうだな……なんか、実感が湧いてきたよ」
まいが嬉しそうに微笑み、俺の手をぎゅっと握る。
まるで、これまでの時間を埋めるかのように――。