消えた記憶と愛する人の嘘 4
しばらくして、部屋の扉が静かに開いた。
担当医とナースが入ってきて、ベッドのそばまで来ると、穏やかな口調で話し始めた。
「高木さん、改めて説明しますね。少し長くなりますが、落ち着いて聞いてください。」
医師の声は冷静で、けれどどこか親身な響きがあった。
「やはり、ナースが言った通りです。あなたは事故に遭い、ここに搬送されました。意識が戻るまでに……ちょうど半月かかりました。」
半月。そんなに長い間、俺……いや、私は眠っていたのか。
「幸い、骨折はありませんでした。全身打撲はありますが、時間が経てば回復するでしょう。」
それなら、そこまで大きな怪我ではなかったのかもしれない。だが――
「問題は頭です。あなたは事故の際に頭を強く打っています。その影響で……記憶を失っている状態です。」
やはり、そうか。
「記憶喪失」――言葉の意味は分かるが、自分がその状態になっているという実感はない。ただ、何も思い出せないという事実が、重くのしかかるだけだった。
「いつ記憶が戻るかは……正直、わかりません。」
担当医は少し表情を曇らせ、しかし落ち着いた声で続けた。
「ちょっとしたきっかけですぐに思い出すこともあれば、このまま永遠に戻らない可能性もある。」
……永遠に?
喉が、乾く。
「でもね、高木さん。大事なのは、前を向いて生きることです。」
ふと、医師が柔らかく微笑んだ。
「そうすれば、きっと光は見えてくる。」
……光、か。
それが「過去」なのか、それとも「未来」なのか――今の私には分からない。
「あと、1週間ほどで退院できますよ。まずは、体をしっかり回復させることを優先してくださいね。」
担当医がそう言うと、そばにいたナースが優しく微笑んだ。
「高木さん、大変なことが続いて不安ですよね。でも、焦らなくて大丈夫ですよ。私たちがちゃんと支えますから。」
その言葉が、ほんの少しだけ胸の奥を温めた気がした。
「……ありがとうございます。」
そう答えるのが精一杯だった。
担当医とナースは、安心させるようにもう一度微笑むと、静かに部屋を出て行った。
部屋には、私ひとり。
いや、俺の隣には、まだ泣き止まない
「彼女」がいた。