消えた記憶と愛する人の嘘 37 「まいの仕事と俺の家」
「とりあえず、退院した日は 家に帰ろう と思うんだ」
俺がそう言うと、まいは 「うん、それがいいね!」 と嬉しそうに頷いた。
「どんな部屋に住んでたのかも気になるし、なんかピンとこないんだよな」
自分の家なのに、そこが どんな場所なのかまったく思い出せない のが不思議な気持ちだった。
「まいがいなかったら 自分の家にすらたどり着けないよ」
冗談めかして言うと、まいは ケラケラと楽しそうに笑いながら、
「お子ちゃまですね〜!」
と、軽くからかってくる。
「おいおい、俺そんなに頼りないか?」
「ふふっ、どうだろうね〜?」
まいは いたずらっぽい笑顔 を浮かべて 俺の肩を軽く小突いた。
そんなやりとりの後、ふと気になって 話題を変えてみる。
「そういえばさ、まいって いつも来てくれてるけど、仕事は? 大丈夫なのか?」
「ん? うん、大丈夫! 今、長期休暇取ってるから!」
「え、長期休暇?」
まいは ちょっと誇らしげな顔 をして コクンと頷く。
「そう! ちゃんと理由を話して、特別に休みをもらってるの」
「そうなんだ…… でも、どこで働いてるんだっけ?」
俺がそう聞くと、まいは さらっと答えた。
「板橋区役所だよ!」
「えっ、役所勤めなの?」
なんとなく意外だった。でも、それなら しっかりしてるのも納得 かもしれない。
「そうそう、公務員だからね〜。有給とかいろいろ使えるし、ちゃんと申請すれば長期休暇も取れるんだよ」
「へぇ……」
まいが 俺のためにそこまでしてくれている ことが じんわり胸に染みた。
「彼が事故で入院して、記憶喪失になりました って、ちゃんと報告してるから大丈夫!」
まいは 笑顔でさらっと言う けど、そんなの 簡単にできることじゃない。
「心配しないで 平気だからね!」
俺の不安を吹き飛ばすように まいは明るく微笑んだ。
――こんなにも 俺のことを支えてくれる人がいる。
それが どれだけ幸せなことなのか、今さらながら実感していた。