消えた記憶と愛する人の嘘 3
彼女は俺は姿を見た瞬間、張り詰めていたものが切れたように目に涙を溜めた。
そして、次の瞬間――
「謙……!」
そう叫ぶように名を呼ぶと、彼女は一気に距離を詰め、そのまま俺に飛び込んできた。
温かい。だが震えている。
それにこの人は、泣いている。
ずっと心配していたのが、ようやく解放されたかのように。
だが、俺には――
この女性が誰なのか、まったく分からない。
驚きと戸惑いの中で、話はただ彼女の身体を抱き止めることしかできなかった。
彼女は、ただ静かに泣いていた。
俺の胸に顔を埋め、肩を震わせながら、まるで堰を切ったように涙を流している。
だが、俺は何も言えなかった…
言葉が出ない…
いや、正確には 何を言えばいいのか分からない。
彼女は俺の「彼女」なのだろう。それは、この抱きつき方や泣き方を見れば、嫌でも分かる。
けれど……
俺は、この女性の名前すら思い出せない。
知っているはずなのに、まるで初対面のように感じる違和感。
どう声をかければいい? 何を言えばいい?
答えは出ないまま、俺はただ、彼女の震える身体を腕の中に受け止めることしかできなかった。
どうも、私は高木謙太郎 らしい。
……「らしい」っていうのは、つまり、今のところ自分でも確信が持てないからだ。
少しハードボイルドぽかったかも
歳は31歳。独身。
仕事は、今まさに入院しているこの病院で 事務職 をしている……らしい。
平凡なサラリーマンってやつだ。特に出世欲もなく、ただ毎日を無難にこなしていた……みたいなんだけど、どうやら 私は今、記憶喪失らしい。
名前すらも思い出せない。仕事のことも、自分の過去も、まるで他人事みたいに感じる。
まぁ、一つだけはっきりしていることがある。
俺は事故に遭った。そして、これから先、何が起こるのかまったく分からない。
……なんか、嫌な予感しかしないんだが、大丈夫か俺?