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消えた記憶と愛する人の嘘 26 「失われた自分の手がかり」


俺はバッグの中に手を入れ、ひとつずつ中身を取り出していった。


最初に出てきたのは財布。


黒い革製の、使い込まれた感のある財布だった。

指先でなぞると、角が少し擦れているのがわかる。

長く使っていたのか、それとも事故の影響か——


少し迷ったが、とにかく中を確かめることにした。


ファスナーを開けると、キャッシュカードや免許証、保険証がきれいに並んでいた。

現金は三万円ちょっと。


「……意外とちゃんとしてるんだな、俺」


思わず苦笑しながら、免許証を手に取る。


高木 謙太郎


俺の名前だ。


証明写真の俺がそこにいる。

見慣れているはずの顔——のはずなのに、まるで他人のような気さえした。


「……これが俺、か」


不思議な感覚だった。


免許証の住所に目を向ける。


東京都豊島区池袋


「池袋……」


なんとなく知っている街の名前だ。

都会のど真ん中じゃないか。

俺はそんなところに住んでいたのか?


「……意外と、良いとこ住んでるんだな」


ぽつりと呟く。

でも、それ以上の実感は湧いてこない。


財布の中身をひと通り確認したあと、他に何があるかとバッグの奥を探る。

指先に触れたのは紙の束——取り出してみると、仕事関係の書類だった。


書類をパラパラとめくる。


ビジネス用語が並んでいるが、どこか他人事のように思えて、じっくり読む気にはなれなかった。


「……仕事、してたんだな、俺」


当たり前のことのはずなのに、そんな言葉が自然と口をついて出た。


財布の中の身分証や現金、そして仕事の書類——

確かに俺は“ここに”存在していた。


でも、それを見ても、まだ自分という人間がどんな人間だったのかはわからない。


なんとなく、ぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。


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