消えた記憶と愛する人の嘘 2
高木さん、高木さん、大丈夫ですか?
どこかで誰かが呼んでいる。
……誰だよ。眠いのに。
まぶたが重い。意識の奥に沈み込むような感覚の中で、その声だけがはっきりと響いていた。
「高木さん、もう大丈夫ですからね。安心してください。わかりますか〜?」
優しく語りかける声。どこか穏やかで、こちらを気遣っているのが伝わる。
だが、こっちはそれどころじゃない。
「……ううん……わかります……聞こえてますから……」
自分の声が思った以上にかすれていた。喉が乾いている。頭もぼんやりしていて、考えがまとまらない。
「……で、一体なんなんですか? それに、ここはどこなんですか?」
思ったまま口にすると、足元にいたナースが微笑んだ。
「気がつかれたんですね。よかった。」
優しい声。でも、俺にはまだ何が「よかった」のか、さっぱりわからない。
謙
「あの〜、自分はどうしたんですか?」
ナースは、ふんわりと微笑みながら、ゆっくりと優しい声で言った。
「落ち着いて聞いてくださいね、高木さん。
……あなた、事故に遭ったんです。」
穏やかな口調だったが、その言葉は不意に胸の奥に刺さる。
「それで、この病院に運ばれてきました。でも安心してくださいね。もう大丈夫ですから。」
「大丈夫」と言われても、頭はまだ混乱したままだ。ナースはそんな俺の様子を気遣うように、柔らかく続ける。
「もう少ししたら先生が来ますからね。そのまま、ゆっくり待っていてください。」
そう言うと、ふと何かを思い出したように、顔を明るくした。
「あっ、そうだ、高木さん。先ほどまで彼女さんがずっと付き添ってくれていたんですよ。買い物に行くって言って、ついさっき出て行かれました。」
「すごく優しい彼女さんですね。何日もずっと通って、あなたのことを心配されていましたよ。」
ナースの声には、本当にその女性を気遣う気持ちが滲んでいた。
「では、先生に知らせてきますね。少しの間だけ、待っていてください。」
そう告げると、ナースは静かに部屋を後にした。
部屋に残された俺は、ただぼんやりと天井を見つめながら、彼女….?
……俺に”彼女”なんて、いたか?
……事故に遭った? 本当に俺が?
記憶を探ろうとするが、何も浮かばない。ただ、身体の芯まで響くような鈍い痛みだけが確かにそこにあった。
早く説明が欲しい。
焦燥感が胸を締めつける。だが、その瞬間――
カチャリ。
扉が開く音がした。
視線を向けると、ひとりの女性がゆっくりと部屋に入ってきた。
……誰だ?