消えた記憶と愛する人の嘘 17 【プリンを巡る小さな攻防戦——その先にある温かな感情】
「これにしようかな」
俺が手に取ったのは、袋の中にひとつだけ入っていたプリンだった。プラスチックのカップに入った、コンビニの定番スイーツ。特別なものじゃないけど、なぜか無性に食べたくなった。
しかし、その瞬間——
「ダメ!」
まいが素早く手を伸ばし、俺の手からプリンを取り上げた。
「これ、私が狙ってたの!」
ぷくっと頬を膨らませ、子供みたいな仕草で抗議してくる。
「えー、でも俺もこれ食べたいよ」
ふざけた口調で言いながら、俺もプリンを奪い返そうとする。まいはそれを阻止しようと、両手でしっかりとプリンを抱え込む。
「これは私の!謙は他のにして!」
「ずるい!俺だって食べたい!」
「謙はこっちのチョコにしなよ!」
「なんでだよ!プリン食べたいの!」
「ダメなの!これは譲れません!」
「そんなこと言わずに一口くらい……」
「いや!」
そんなやりとりを続けるうちに、まるで子供みたいに無邪気にじゃれ合っていた。お互いにプリンを取り合いながら笑い合い、まいは「絶対にあげないもん!」と意地になっている。
……ふと、気がついた。
俺たち、こんなふうにふざけ合って、イチャイチャしている。
それは、とても自然なことのように思えた。
まいが、ふっと息をつき、微笑む。
「……なんか、久しぶりだね、こういうの」
その言葉に、俺の心がじんわりと温かくなる。
記憶はない。過去の思い出も、まいとの関係も、俺には思い出せないままだ。
だけど——
俺は今、この瞬間、まいが愛おしくてたまらなくなっていた。
何もかもを忘れてしまったはずの俺なのに、この気持ちは確かにここにある。
まいの笑顔を見ているだけで、胸がいっぱいになる。このままずっと、彼女のそばにいたいと、そう思った。
「……ねえ、半分こしよっか?」
気がつけば、俺はそう提案していた。まいはちょっと驚いた顔をしたあと、優しく微笑んだ。
「……しょうがないなぁ」
そう言いながら、まいはプリンのフタを開け、スプーンを差し出してくれた。
俺たちは、笑い合いながらひとつのプリンを分け合う。
それは何気ない時間だったけど、俺にとってはとても大切なもののように思えた。