消えた記憶と愛する人の嘘 14
俺はこの人の彼氏だったはずなのに、まるで初対面の女性に対して緊張しているみたいじゃないか。
記憶を失うって、こういう感覚も伴うものなのか――
そんなことを考えていると、まいがふっと笑いながら言った。
「でも、本当にすごいね。昨日はまだベッドの上だったのに、もうこんなに歩けるようになるなんて」
「まあ、リハビリ代わりに少し動いてみようと思ってさ」
「無理しすぎちゃダメだよ?」
まいは俺の腕にそっと触れる。
「心配かけたくないし、気をつけるよ」
俺がそう言うと、まいは満足そうに微笑んだ。
だが、俺の中では別の不安が渦巻いていた。
まいのことを何も思い出せない。
まいがこんなに心配してくれるほど、俺たちは本当に深い関係だったのか?
そんな疑問を抱えたまま、俺はまいの笑顔をただ見つめることしかできなかった。
まいがふっと微笑みながら言った。
「そろそろ部屋に戻ろうか?」
そう言って、自然な流れで俺の腕にそっと手を添える。
「うん……」
俺もそれに応じるように、まいの支えを借りてゆっくりと立ち上がった。
思ったよりもしっかりと体が動くことに少し安堵しながら、まいと並んで歩き出す。
彼女は俺の腕を支えるように、けれども決して力任せではなく、優しく寄り添うような形でそっと添えていた。
廊下を歩きながら、ただ前を見て一歩ずつ進む。
そんな中、不意に左腕に柔らかい感触が伝わった。
……ん?
何だ、この感触は――
不思議に思い、ちらりと左腕を見てみると、まいが俺を見上げながら微笑んでいた。
それだけなら何でもない。
だが、俺の腕に触れている彼女の体は、意図的と言わんばかりに密着していた。
そして、確信した。
これは……わざとだ。
彼女の柔らかい胸の感触が、はっきりと俺の腕に伝わっている。
俺がまじまじと見ていることに気づいたのか、まいは小さくくすっと笑う。
その仕草が妙に色っぽく見えてしまい、俺は思わず喉を鳴らした。
「……まい、あたってるよ」
意を決してそう指摘すると、まいはさらに微笑みを深める。
「うん、わかってる」
まるで何でもないことのように、さらりと言い放つ。
俺の驚いた顔を見て、まいは悪戯っぽく目を細めながら続けた。
「謙とこうして腕を組むの、久しぶりだから……嬉しくて」
その言葉の響きが、どこか甘い。
まいはさらに俺の腕に寄り添うようにしながら、ふっと小さな声で囁いた。
「ねぇ、気づいてる? わざと押し付けてるんだよ」
耳元で囁かれた瞬間、体温が一気に上がるのを感じた。
こんな状況で、冷静でいられるわけがない。
「お、おい……」
思わず動揺してしまう俺を見て、まいはまるで楽しむように微笑む。
その表情が、無邪気なようでいて、どこか大人の色気を帯びていた。
彼女は俺の記憶がないことを知りながらも、こうして少しずつ距離を縮めようとしているのかもしれない。
そんなことを考えながらも、俺は彼女の柔らかい感触を意識しないようにするのに必死だった。