消えた記憶と愛する人の嘘 13
俺は黙ってバッグを膝の上に置き、しばらくその傷だらけの表面を見つめていた。
「謙!」
突然、自分の名前を呼ばれた気がして顔を上げる。
廊下の向こう、ナースステーションの少し手前で、まいが驚いたように立ち止まっていた。
俺と目が合うと、大きく目を見開き、まるで信じられないものを見たような表情を浮かべている。
「謙……歩けるようになったの?」
まいの声には、驚きと喜びが混ざっていた。
「ああ……まあ、まだゆっくりだけどね」
俺は軽く肩をすくめながら答える。
実際、こうして歩いてナースステーションまで来られたのは自分でも少し驚いている。
昨日は、ベッドから体を起こすだけでも精一杯だったのに、今日はこうして自分の足で立ち、移動することができている。
まいは、俺の足元を確認するようにじっと見つめたあと、安心したようにふっと息をついた。
「よかった……本当によかった……」
そう言いながら、まいの表情がほっとしたように和らぐ。
昨日までは、泣きそうな顔ばかり見ていたが、こうして少し笑顔が見えると、改めて思う。
――この人、すごく綺麗だな。
昨日は状況が状況で、そこまで意識する余裕がなかった。
でも今、少し冷静になって向き合ってみると、まいは驚くほどの美人だった。
艶のある黒髪が肩にかかり、整った顔立ちには品の良さがある。
さらに、細身なのに女性らしい柔らかさを感じさせるスタイル。
シンプルなニットとスカートなのに、妙に目を引く。
「……謙?」
まいが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
しまった、じっと見すぎたか?
「あ、いや……その……」
言葉に詰まる俺を見て、まいはクスッと小さく笑った。
「何? どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
「ふーん?」
まいは何か察したように、微笑みながら俺の顔をじっと見つめる。
その視線に耐えきれず、俺は思わず視線をそらした。
……なんだろう、この妙な焦りは。