8 転生すると、こんなに性格が変わるものなの……!?
エレインが故郷を発つその日、フェレル伯爵邸は大変な賑わいとなっていた。
(いや……いくらなんでも派手過ぎない?)
巷で話題のビッグカップルを一目見ようと、多くの者がワクワクとした表情でエレインたちが出てくるのは今か今かと待ち構えているのだ。
更に、いつのまにやらユーゼルがブリガンディア王国から呼び寄せた馬車を見て、エレインは開いた口が塞がらなかった。
白と金を基調とし、あちこちに華やかな装飾が施された六頭立ての馬車は、もはや馬車というより芸術品のようだった。
王族の結婚式だって、これほど壮麗ではなかったはずだ。
「見てください! まるで物語の中から抜け出してきたみたい……」
「ふふ、エドウィン殿下がこの光景を見たら腰を抜かすに決まってます!」
「王家は真っ青でしょうね。エドウィン殿下とあの泥棒猫の挙式なんて、今日の光景に比べたら見劣りするに決まってますもの」
きゃっきゃっと盛り上がるメイドたちを尻目に、エレインはため息が止まらなかった。
(あの浮かれポンチめ……!)
なぜこんなド派手な馬車を用意する必要があるというのか。
今すぐユーゼルを呼び出して、30秒以内で説明しろと言ってやりたい。
……実際に彼を目の前に呼び出したら、いつもみたいにこっ恥ずかしい口説き文句を垂れ流すに決まっているので、実際にそうする勇気はないのだが。
(……はぁ、本当になんなのよ)
例の365本の薔薇事件以来、ユーゼルは言葉に違わず毎日エレインの下へと訪れていた。
……毎回、派手な贈り物を携えて。
おかげで花屋だけでなく、王都中の仕立て屋、菓子屋、宝飾店などがずいぶんと潤ったそうだ。
ユーゼルの行動に触発されて、婚約者や意中の相手へ熱烈に贈り物をするのがにわかにブームになったそうで、一部では「ガリアッド景気」と呼ばれているのだとか。
経済が潤うのは大いに結構なのだが、エレインは未だにユーゼルの求愛を受け止めきれずにいた。
(だって、絶対におかしい……)
ユーゼルの前世である「シグルド」は、口数が少なく表情も乏しく、基本的に何を考えているかわからない青年だった。
性格は冷徹でクールそのもの。
まかりまちがっても、婚約者に数百本の薔薇を贈るような情熱的な人間ではなかったはずなのだが……。
(転生すると、こんなに性格が変わるものなの……!?)
優しく淑やかな淑女の仮面をかぶっているとはいえ、エレインと前世の「リーファ」は本質的に同じ人間だ。
だから、たとえ記憶がなくともシグルドもユーゼルも同じようなものだと思っていたのだが――。
――「君の笑顔は、この世界で一番輝く太陽のようだ」
――「君の美しさを表現するにはどんな言葉でも足りない。ただただ見惚れてしまう俺を許してくれ」
――「……もうこんな時間か。君と一緒にいると、時間が止まってしまうような気がするな」
――「君と出会ってから、それこそ世界が変わったような気がするんだ。この世界はこんなに美しかったのかと、毎日驚かされる。もっとも、その中で一番魅力的なのは君なんだが」
毎日毎日そんな甘い言葉の雨を浴びせられては、エレインもたまったものではない。
ユーゼルを殺すために毎日牙を研いでいるというのに、口に砂糖菓子を詰め込むのはやめてほしい。
せっかく研いだ牙も虫歯になってしまうではないか。
(ユーゼルは宿敵……。私のすべてを奪った許さざる相手……絶対に復讐しなきゃ……)
何度も何度もそう自分に言い聞かせても、いざユーゼルに会い、真正面から溶けてしまいそうになるほどの愛情を浴びせられると……あっという間にふにゃふにゃにされ、ただただ恥じらうことしかできなくなってしまうのだ。
(なんなの!? これもユーゼルの作戦なの……!?)
実はエレインが自分を殺そうとしていることに気づいていて、やる気を削ごうとしているのだろうか。
それならばたいした策士だ。
実際にエレインは、彼を前にするとまともな思考回路が働かなくなってしまうのだから。
(でも、遠慮するのはもう終わり。ここを出たら、チャンスがあり次第その首を掻き切ってやるんだから)
今までユーゼルに牙をむかなかったのは、(顔を合わせるたびに口説かれて本調子じゃなかったのもあるが)今まで育ててくれた両親や周囲の者たちへの義理ゆえだ。
故郷を出て、後腐れなくユーゼルを葬り去る機会が訪れたのなら……エレインは躊躇しない。
前世からの復讐を遂げてやる。祖国を裏切り、エレインを死に追いやった報いを受けさせるのだ。