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7 365本の薔薇

 晴れてユーゼルの婚約者となったエレインは、体調が回復しだい彼の故郷である大国ブリガンディアへと向かうこととなっている。


「ブリガンディアのガリアッド公爵家といえば、ご息女が世にも珍しい『魔力持ち』であると伺いました。きっとエレインお嬢様の義妹となられる御方のことですね」

「えぇ、そのようね」


 両親や使用人たちは、嬉々として今後の心構えや必要な情報を教えてくれる。

 当然のことながら、彼らはエレインとユーゼルの婚約を祝福しているのだ。

 エレインにとってユーゼルは絶対に許せない怨敵だが、復讐を遂げる際にはあまり彼らが悲嘆しないような方法を選んだ方がいいかもしれない。


(殺る時はうまく外部の犯行に見せられるようにしないとね)


 頭の中のメモにそう書き留め、エレインは渡された資料に目を通す。

 ここ数日で、ブリガンディア王国やガリアッド公爵家の情報はおおかた頭に入れることができた。


(それにしても、『魔力持ち』か……)


 エレインが前世で仕えていた王国は、優れた魔法文明によって支えられていた。

 ところが今世に生まれ落ちて見れば、魔法文明はずいぶんと衰退しており驚いたものだ。

 現にエレインも、前世とは違い魔法を使えない。

 それだけ希少な存在なのだ。現世においての『魔力持ち』は。


(ユーゼル・ガリアッドの妹ねぇ……)


 兄の選んだ婚約者の手によって、兄を殺されるとは不憫なものだ。

 彼女の境遇に同情はするが、復讐を思い留まるつもりはない。


(絶対に、許さない)


 手にした資料がぐしゃりと歪む。

 いつも優しいエレインお嬢様がただならぬ殺気を放つ異常事態に、メイドたちが「ひっ」と息をのんだ時だった。

 コンコン、と軽い音を立て、自室の扉がノックされる。

 慌てて対応したメイドが、部屋の扉を開けた瞬間歓喜の悲鳴を上げる。


「急にすまない。我が婚約者の調子はどうかな?」

「ガリアッド公爵閣下……! どうぞお入りください!!」


 優しく淑やかなお嬢様が、窮地を救ってくれた婚約者を拒むはずがないとの思い込みのもと、メイドはいとも簡単にエレインの宿敵を部屋に通してしまう。


(ちょっとー! まだ心の準備が……!?)


 とっさに文句を言おうとしたエレインは、やって来たユーゼルの姿に絶句してしまった。


「……なんですか、それは」


 やって来たユーゼル……らしき人間の姿は、彼の抱える巨大な薔薇の花束で隠れていたのだ。

 その大きさときたら、両手で抱えるのも一苦労なほど。

 控えていたメイドたちが数人がかりで花束を受け取り、やっとその後ろからユーゼルが姿を現す。

 彼は困惑するエレインに、憎らしいほど上機嫌に笑みを浮かべてみせた。


「この薔薇は、君への俺の想いの証だ」

「え?」

「もしかして……365本の薔薇の花束では!?」


 メイドの一人が頬を上気させながらそう口にする。

 その言葉で、エレインの優秀な頭脳は即座に正解を導き出してしまった。

 花言葉も淑女にとっての教養の一つであり、エレインも当然頭に入れている。

 花束を贈る際はもちろん、身に着けるモチーフ一つにも重要な意味が込められている場合があるからだ。

 特に薔薇は色や本数によって意味が変わり、365本の薔薇を贈る意味は――。


「『毎日、君が恋しい』」


 いつの間にか至近距離まで近づいてきたユーゼルが、エレインの脳裏に浮かんだ言葉をそっくりそのまま口にした。


「っ……!」


 その途端、ぶわりと体温が上昇する。


「な、な……」


 文句を言いたいのに、ぱくぱくと口を開閉するだけで言葉にならない。

 自身の贈った薔薇と同じ色に頬を染めるエレインを見て、ユーゼルは満足げな笑みを浮かべた。


「俺の想いは伝わったか?」

「ど……どこからこんな大量の薔薇を持ってきたんですか!?」

「王都中の花屋を駆けまわった」

「花屋荒らし! 迷惑ですよ!!」

「君に贈ると話したら皆喜んでくれたが? 君は多くの者に愛されているんだな」


 王太子エドウィンの横暴と、そんな彼を支える献身的な婚約者エレインの話は、いつのまにか庶民の間でも話題の種となっていたのだ。

 そんなエレインが婚約破棄され、「王太子許すまじ!」となるところに颯爽と現れたのがユーゼルの存在である。

 今や彼の存在は、民衆の間でも「不遇な令嬢を救い出したヒーロー」として語り継がれ始めているようだった。


「君が俺と共にブリガンディアに出立する際には、皆見送りに来てくれると言っていた。盛大な旅立ちにしよう」

「……もう、勝手にしてください」


 恥ずかしい。あまりに恥ずかしすぎる。

 エレインにとってのユーゼルはこれだけ恨んでいる宿敵なのに、周囲からは「お似合いカップルですね!」と盛大に応援されているとは。

 羞恥心に顔を赤らめ、両手で顔を覆うという年相応な可愛らしい面を見せるエレインに、メイドたちは「まぁ……!」と色めき立った。

 さすがのエレインも自分一人を置いてきぼりにして、どんどん幸せな結婚への外堀が埋められているのに気付かざるを得なかった。


(くっ、殺す……! この浮かれポンチ男を絶対に殺してやる……!)


 365本の花束なんて派手な贈り物を用意し、あまつさえエレインとの結婚を方々に触れまわっているとは。

 浮かれすぎにもほどがある。

 前世のシグルドは寡黙クールな青年だったはずなのにどうしてこうなった。


 羞恥心にわなわなと震えるエレインをどう思ったのか、ユーゼルはメイドの抱えていた花束から一輪だけ薔薇の花を引き抜くと、手ごろな長さに折った。

 そして、そっとエレインの髪に飾ったのだ。


「早く元気になってくれ、俺の花嫁」


 そっと前髪をかきあげられたかと思うと、額に優しい口づけが落とされる。

 エレインは動揺しすぎて、「ひょわ……!」という気の抜けた悲鳴を上げることしかできなかった。


「明日もまた来よう、楽しみにしていてくれ」 


 そう言い残すと、ユーゼルは颯爽と部屋を後にした。

 ……まだ動揺のあまり固まったままのエレインを残して。


「今の見た? なんて素敵な御方なのかしら……」

「エドウィン殿下なんかよりもよっぽどお嬢様とお似合いです! 婚約破棄されてむしろラッキーでしたね!」

「365本の花束なんてロマンチック……。ほら、こんなにフローラルな香りが溢れて……」

「くっ、換気するわ!!」


 むせ返るような薔薇の香りに先ほどの甘々なユーゼルを思い出し、再び赤面したエレインは、慌てて窓を全開にして新鮮な空気を取り込むのだった。


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