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5 婚約成立

「ん……」


 カーテンの隙間から漏れる朝の日差しが、やんわりと覚醒を促す。

 エレインはゆるゆると重いまぶたを開けた。

 視界に映るのは、見慣れたフェレル伯爵邸の自室の光景だ。


(あれ、私……)


 王太子エドウィンに婚約破棄を言い渡され、酔っ払いに絡まれ、挙句の果てには隣国の公爵と名乗る前世の怨敵に求婚されたような気がするが……。


「えぇ、きっと夢だわ」


 エレインは即座にそう結論付けた。

 だって、そんな奇想天外な出来事が次々と起こるなんてありえない。

 妙にリアルな夢だったのだろう。


(まぁでも、対処はしておいた方がいいでしょうね。エドウィン殿下に愛人がいるのは事実なんだし、私の方からそれとなく婚約を解消する方向に誘導して……)


 そんな風に今後の段取りを頭に思い描いていると――。

 とんとん、と扉を叩く音が聞こえ、入室を許可する間もなく扉が開かれる。

 その向こうから顔をのぞかせたのは、エレインの両親だった。

 彼らはエレインが起きているのに気付くと、驚いたような表情を浮かべた。


「お父様、お母様? 何をそんなに驚いて――」

「エレイン!」


 言い終わる前に、涙を浮かべた母が抱き着いてくる。


「よかった、本当によかったわ……!」

「え、お母様? 何を大げさな――」

「大げさなものか! エレイン、お前は丸三日も眠ったまま目覚めなかったのだぞ!?」

「え?」


 いつもと同じように朝目覚めただけだと思っていたエレインは仰天した。

 いったい何がどうして、そんな事態になっているというのか。


「いきなりエドウィン殿下に婚約破棄を申し渡されるなんて、つらかったわね、エレイン……」

(夢、じゃない……!?)


 母の言葉に、エレインは慌てた。

 まさか、あの婚約破棄騒動は夢ではなく現実のできごとだったのだろうか。


 ……王太子エドウィンに婚約破棄されたこと自体はどうでもいい。

 問題は、その後の――。


「でも、神様はあなたの努力を、献身をしっかりと見ていてくださったのね! まさか、婚約を破棄された直後にガリアッド公爵に求婚されるなんて!」

(うわあぁぁぁぁ!!)


 恐れていた事態が起こってしまい、エレインは心の中で絶叫した。


「お、落ち着いてくださいお母様! 私は求婚なんて――」

「我が未来の花嫁が目覚めたと伺いましたが、お顔を拝見しても?」

「うぎゃ!」


 もっとも聞きたくない声が耳に届き、エレインは潰れたカエルのような悲鳴を上げてしまった。

 おそるおそる視線を上げると、先ほど両親が入ってきた扉の向こうに……見覚えのある男の姿が。


(シグルド……!)


 前世の宿敵……の(おそらく)生まれ変わりの姿に、エレインは固まってしまった。


「どうぞお入りください公爵閣下。あなたは我が娘の救世主です!」

(やめてお父様! そいつは救世主どころか私の宿敵よ!!)


 隣国ブリガンディアの公爵――ユーゼル・ガリアッド。

 何の因果かエレインに求婚してきた、前世の宿敵だ。

 わなわなと震えている間に、どんどんとユーゼルが近づいてくる。

 彼の手がこちらへ伸ばされ、エレインは危害を加えられるのでは……と思わず身構える。

 だが――。


「よかった……」


 まるで大切な宝物を扱うように繊細に、彼はエレインの髪をそっと梳いたのだ。


(どうして、そんな風に……)


 わからない。彼が何を考えているのか、どうしてエレインに近づいてきたのか、まったくわからない。


(国を、私を、裏切った癖に……)


 エレイン――「リーファ」の大切にしていた全てを踏みにじって、死に追いやった癖に。

 なぜ今になって、こんな風に優しくするのだろうか。

 前世の罪滅ぼしのつもりなのか、それとも……。


 エレインはぎゅっと唇を噛みしめた。

 今すぐいけしゃあしゃあと婚約者面をする目の前の男に飛び掛かり、首を締めあげたいくらいだが、両親の前でそんな蛮行に及ぶわけにはいかない。


「……ごめんなさい、お父様、お母様……公爵閣下。私、起きたばかりで少々混乱しておりまして……現在の状況をお伺いしても?」


 怒りを押し殺しそう問いかけると、両親はすぐに状況を教えてくれた。

 ひとまず、王太子エドウィンとエレインの婚約は円満に解消されたらしい。

 そしてその直後、悲嘆に暮れるエレインを見つけた隣国ブリガンディアのガリアッド公爵が求婚し、エレインは喜んで彼の求婚を受け入れた。ついでに喜びのあまり気絶した。

 二人の婚約はすでに両国の国王にも認められ、正式なものとなっている……らしい。


(……私が気絶している間に、よくもそこまでスムーズに事を進められたものね)


 エレインは少し呆れてしまった。

 だが、それも無理はないのかもしれない。

 小国フィンドールの伯爵令嬢、それも王太子に婚約破棄されたばかりのエレインの立場を考えると、大国ブリガンディアの公爵からの求婚なんて、まさに神の救いの手のようなものだ。

 理想の淑女たれと振舞っていたエレインであれば、喜びこそすれど断るはずがないと、周囲は考えたのだろう。


 きらきらと目を輝かせながら事の顛末てんまつを語る両親を見ていれば、彼らもユーゼルとエレインの婚約を喜んでいるのが手に取るようにわかる。

 今世で大切に育ててくれた二人を悲しませたくはない。

 だがエレインには、白黒つけなければならない因縁があるのだ。


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