43 デートのお誘い
「そりゃあ……楽しいですよ。だって、リアナと一日中お出掛けできたんですもの」
嘘をつく理由もないので素直にそう答えると、ユーゼルはあからさまにむっとしたような顔をした。
「なんですか、私がリアナと出かけたのに文句でも?」
「当たり前だろう」
「もしかして……羨ましいとか?」
まさかと思いながらもそう口にすると、ユーゼルはあからさまに視線を逸らした。
……なるほど、どうやらそういうことらしい。
(思った以上のシスコンね……)
大切なリアナが自分ではなくエレインと出かけたことが気に入らなかったようだ。
呆れるあまり乾いた笑いが漏れそうになってしまう。
「まったく……そんなに羨ましいならあなたも誘えばいいじゃないですか」
「誘ったとして、受けてくれるのか」
「んん……?」
いったい妹を誘うのになにを躊躇しているのか。
本当に、今も昔もこの男は不可解だ。
よくわからないが、ユーゼルの誘いをリアナが断るとは思えない。
エレインは軽い気持ちで口を開く。
「そりゃあ、受けるに決まっているじゃないですか」
「本当か!?」
「ひゃっ!」
急にユーゼルが食い気味に体を乗り出したので、エレインは変な声を上げてしまった。
「そうか……! なら、次の休養日は空いているか? できれば丸一日、君の時間が欲しい」
「え? ……誰に言ってるんですか?」
「君以外にいないだろう」
「…………え?」
そこで初めて、エレインは自分が大きな思い違いをしていることに気がついた。
もしかしなくても、ユーゼルが誘いたかったのはリアナではなく――。
「私!?」
「だからそう言っているだろう」
「何で私なんですか! あなたはリアナと出掛けたいんじゃ!?」
「リアナと俺は生まれた時からここに住んでいる。今更、あらたまって出掛ける用事もそうはない」
「っ……!」
やっと合点がいったエレインは、思わず顔を隠すように俯いてしまった。
頬が、耳が熱くなっているのがわかる。
ユーゼルがあんな風に拗ねているのは、リアナとエレインの二人だけで出掛けたのに嫉妬していたのは……まさか自分もエレインと出掛けたかったなどというのだろうか。
「な、な……なら、普通に言えばいいじゃないですか! 何ちょっと緊張気味にもったいぶって誘おうとしてるんですか!」
「仕方ないだろう。……俺だって、意中の相手にあんなことをした後に、素知らぬ顔で声をかけられるほど図太くはない」
「ぁ……」
――「……すぐに忘れさせてやる」
うっかり「シグルド」の名を出したら、いつになく強引にユーゼルに迫られたことを思い出す。
あれ以来エレインはどんな顔をしてユーゼルに会えばいいのかわからなかったが、どうやらそれはユーゼルも同じだったようだ。
「『君の気持がこちらへ向くまでは手を出すつもりはない』――嫉妬に駆られ、その誓いを破るところだった。君を怯えさせもした。だから……君に会うのを自制していたんだ」
「……別に、怯えてませんけど」
精一杯の虚勢を張ってそう告げると、ユーゼルはくすりと笑った。
「そうか? あの時の君は、それこそ震える子猫のようだったが」
「一度視力検査に行くことをお勧めしますわ。ガリアッド公爵ともあろう方が、そんな節穴のような目では困るでしょう」
「まったく、手厳しいな。だがそれがいい」
「もぉ……」
やっと普段の調子を取り戻したユーゼルに、エレインは知らず知らずのうちに気分が高揚し始めていた。
「それで、私のご機嫌取りのためにデートのお誘いですか?」
少しのからかいを込めてそう問いかけると、ユーゼルはいつもの飄々とした笑みを浮かべた。
「いや、ご機嫌取りというよりも……リアナが君とデートをしたというのに、婚約者の俺がしていないのはおかしいだろう。今回はリアナに先を越されてしまったが、いつだって君の一番は俺でありたいんだ」
その不遜な態度に、エレインはずっと曇っていた気分が晴れていくの気づかずにはいられなかった。
(私に、飽きたり愛想をつかしたわけじゃなかったんだ……)
そう思うと、何故かめきめきと意欲が湧いてくる。
ユーゼルは前世の宿敵なのに。絶対に許せない相手なのに。
それでも……自分の心に嘘はつけない。
「いいですよ。あなたとのデートに付き合って差し上げても。ただし……私を退屈させたら許しませんから」
挑戦的にそう告げると、ユーゼルは愉快でたまらないというように、にやりと笑った。
「あぁ、任せてくれ。間違いなく君の人生で最高の一日にしてみせるさ」
(ものすごい自信ね……)
この部屋に足を踏み入れた時にはどことなく昏い目をしていたユーゼルだが、今はいつもの余裕に満ちた態度が戻ってきている。
それが嬉しくて、自分でも驚くほど心が弾んで、エレインは知らず知らずのうちに心からの笑みを浮かべていた。
(そうね……せっかくユーゼルが誘ってくれたんだもの。今度のデートは、楽しまなくちゃ)
ほんの少し前まで、あれほどくどくどと悩んで沈み込んでいたのが嘘のようだ。
何がきっかけになったのかは自分でもよくわからないが、人の心と言うのは案外単純にできているのかもしれない。




