4 消えない後悔
――「リーファ、こっちよ!」
――「リーファ隊長、今回はどうします?」
懐かしい声が聞こえる。
目を開ければ、風の吹きすさぶ草原が広がっていた。
周囲にいるのは、何度も共に戦場をかけた仲間たち。
(あぁ、ここは……)
背後を振り返れば、草原の向こうに街がある。なによりも目を引くのは、中央の丘の上にそびえたつ水晶の宮殿だ。
優れた魔法技術により、小国ながらも発展を続ける栄華の都。
この美しい国と、水晶宮に座す美しき女王を、命を賭しても守りたかった。
(……そうか、これは)
これは、前世――エレインが「リーファ」として生きていた頃の夢だ。
前世の夢を見るのは初めてではない。
昔から何度も何度も、こうしてもう帰れない憧憬を見せられていた。
「二手に分かれて挟み撃ちを。絶対に街へは近づけないように」
「了解!」
リーファの指示を受け、仲間たちは迷うことなく自身の取るべき行動へと移る。
リーファも息を吸い、一点を見据える。
遥か草原の向こうから迫る影は、魔獣の大群だ。
だが恐れはしない。
仲間と共に、守るべき者のために戦う。それこそが、リーファの人生そのものなのだから。
意識を集中させ、全身に魔力を駆け巡らせる。
そして、リーファは勢いよく地を蹴って走り出した。
「ふぅ……こんなものかしら」
魔獣の残党が逃げ帰るのを尻目に、リーファは額の汗を拭った。
結果は快勝。仲間たちは一人もかけることなく傍にいる。
「はぁ~、疲れた……」
「帰って酒飲もうぜ、酒」
仲間たちは軽口を叩きながら帰路につき始めている。
今宵の酒場は、さぞかし賑わうことだろう。
あまり羽目を外しすぎないように釘を刺しておいた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、リーファも皆の後に続こうとした時だった。
「ぇ……?」
まるで誰かに呼ばれたような気がして、リーファは背後を振り返る。
夕日が草原を照らし、辺り一面が茜色に染まっている。
そんな美しい光景の中、リーファが「それ」に気づけたのはある意味奇跡だったのかもしれない。
背の高い草が生い茂る一帯に、何か大きく黒いもの横たわっているのが見える。
魔獣の亡骸だろうか。普段なら気にも留めないことが、なぜか気にかかった。
「リーファ隊長?」
呼び止める声に背を向け、リーファは一歩一歩近づいていく。
草をかき分けるようにして覗き込み……思わず息を飲んだ。
「人……?」
そこに倒れていたのは、見知らぬ男だった。
慌てて屈みこみ、まだ呼吸があることに安堵する。
「リーファ、どうしたの?」
「要救助者を発見したわ! 運ぶのを手伝って!」
リーファの仕える高潔で優しい女王なら、決して行き倒れた人間を見捨てるような真似はしない。
すぐに保護し、城へ迎え入れるように命じるだろう。
そう思っていたからこそ、リーファも仲間たちも男を救うのに躊躇はなかった。
(それにしても、いったい何があったのかしら……)
リーファは眼下に倒れ伏した男をつぶさに観察する。
不意に、男のまぶたが震え……ゆっくりと開かれていく。
美しい、翡翠のような瞳と視線が合う。
(綺麗な目……)
それが、彼――シグルドに抱いた第一印象だった。
……もしもこの後の未来の知っていたのなら、絶対に彼を助けなかったのに。
この手で、息の根を止めてやったのに。
そんな強い後悔が、「エレイン」の胸を刺す。
あの時彼を救助し、連れ帰ってしまったことを。
……敵国のスパイである人間を迎え入れ、祖国の滅亡を招いてしまったことを。
エレインは今でも、後悔し続けているのだ。