31 ユーゼルの計略
「……失礼いたします」
ユーゼルの執務室に足を踏み入れると、部屋の主は鷹揚にエレインを迎えてくれた。
「どうした? やっと俺と愛を深めてくれる気になったのかな」
「ふざけたこと言わないでください。本日の警備状況について、お尋ねしたいことが」
婚約披露パーティーはめちゃくちゃになってしまったが、幸いなことに招待客側には一人の怪我人も出さずに済んだ。
だが、エレインはこの状況にどこか違和感を覚えずにはいられなかった。
ユーゼルは抜け目のない男だ。
それなのに、今日のパーティーの警備は不自然なまでに隙があった。
念のため侍女に頼み、警備状況を教えてもらったところでエレインの懸念は確信へと変わった。
「あなた……襲撃の可能性があることを知っていて、わざと警備の手薄な場所を残したんでしょう」
そう問い詰めると、ユーゼルは笑みを深める。
「……心外だな。俺は、せっかくの最愛の婚約者をお披露目する機会をめちゃめちゃにされて激怒しているよ」
「激怒してるって顔じゃないんですよ! ……はぁ、それで対外的には被害者ぶるつもりですか」
「『紅の狼』は他でも被害を出している。誓って言うが、俺が手引きしたわけじゃない。被害者なのは間違いないだろう」
「高確率で襲撃されるってわかっていて、十分な安全策を講じないのはもはや手引きしたと同義だと思いますけど……」
あんまりなユーゼルの言い分に、エレインは大きくため息をついた。
つまりこの男は、王侯貴族に鬱憤を溜めた「紅の狼」が襲撃してくる可能性が高いことを理解したうえで、わざと警備体制に不十分な点を残したのだ。
……あくまで、外部からは追及されない程度に。
「……なぜ、こんなことをしたんですか」
今回人的被害が出なかったのは、不幸中の幸いに過ぎない。
一歩間違えれば、大惨事になっていた可能性だってある。
この男が、それをわからないはずがないのに。
(ならば、どうして?)
じっと睨みつけると、ふっとユーゼルは笑った。
「知りたいか?」
「えぇ、そのためにここに来ましたので」
「なら教えてやろう」
そう言って、ユーゼルは真っすぐにエレインを見つめ、口を開いた。
「君の舞うように戦う姿をもう一度見たかった」
「…………は?」
「君の性格上、危険に晒される者が残っていれば見捨てて逃げるような真似はできないだろう。だから、危機的状況に陥ればもう一度君の美しい舞が見られると思ってな」
「え、は?」
……つまりは、初めて出会った時のような姿をもう一度見たかったから、わざとこんな事件が起こるように仕向けたのか?
嘘だと思いたいが、あの時のユーゼルはエレインに対処を任せ、ほとんど傍観者のような立場に徹していた。
……まさか本当に、エレインの戦う姿が見たかったとでも言うのだろうか。
「嘘でしょ……」
「判断は君に任せよう」
「そんなこと言って、本当はもっと別の理由があるんでしょう!? ほら、『得られた収穫は大きい』とか言ってましたし!」
「収穫についてはじきにわかる。一時的には損をするかもしれないが、将来的にはよい方向に働くことは間違いない」
「……全然わからないんですけど」
「ならば夜通しレクチャーしようか? それこそ君がノーラン侯爵令嬢に言ったように、毎晩でも」
「っ……結構です!」
グレンダを挑発するためについた嘘を引っ張り出され、エレインは真っ赤になって逃げだした。
(本当に、なんなのよ……)
ユーゼル・ガリアッドという人間は本当に得体が知れない。
これなら、寡黙で無表情なシグルドの方がわかりやすかったのかもしれない。
そう考えたところで、エレインの胸はずきりと痛んだ。
(いいえ、私は何もわかっていなかった。シグルドが、国を裏切ろうとしていることに気づきもしなかったんだもの……)
今も昔も、彼に関してはわからないことばかりだ。
ユーゼルの言葉が、嘘か本当かもわからない。
彼が度々口にする、エレインへの好意だって……。
(……嘘なのかも、しれないじゃない)
彼のことを考えるだけで、心がかき乱されてしまう。
そんな自分の変化に、エレインは大きなため息を漏らしてしまった。




