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3 前世の記憶

 エレインが引くと思ったのか、それとも……こちらに負けないだけの、自信と実力を兼ね備えているのか。

 エレインはなんとか真意を読み取ろうと、じっと目の前の男を見つめた。

 彼はエレインの視線に気づくと、愉快そうに口角を上げる。


「どうした? そう熱烈に見つめられると照れるな。もちろん、今すぐ求婚を受けてくれるというならそれでも――」

「ふっ……ふざけないでください!」


 またもやからかわれた気がして、エレインは慌てて言い返す。

 どうせ、エレインを侮っているのだろう。

 深窓の令嬢が剣など扱えるわけがないと、高を括っているのかもしれない。


(いいわ。お望み通りに試してあげる)


 剣を構えると、自然に闘志がみなぎってくる。

 エレインの雰囲気が変わったのを感じ取ったのか、ユーゼルも笑みを消して剣を構える。


「先に剣を取り落とした方が負けだ。……それじゃあ、始めようか」

「えぇ、いつでもどうぞ」


 動いたのは、ほぼ同時だった。

 すぐに、薄暗い廊下は剣を打ち合う甲高い音で満たされた。


(なるほど……ただのはったりじゃないみたいね)


 まだ小手調べの段階だが、少なくとも佩いていた剣はただの飾りじゃないようだ。

 現に、彼は涼しい表情を崩していない。

 それなりの実力を持っているのは間違いないだろう。


(いいじゃない。燃えてきたわ……!)


 久方ぶりの、血が湧きたつような興奮が全身を駆け巡る。

 エレインは知らず知らずのうちに、口元に笑みを浮かべていた。

 まるでダンスでもしているかのように、二人は一進一退の攻防を繰り広げる。


「美しいな」


 不意に、ユーゼルがそう呟いた。

 彼の意志の強そうな瞳は、真っすぐにエレインに向けられている。


「君の動きは、まるで蝶が舞うように可憐だ。思わず魅入られて、何もかもを捧げたくなる」

「ならば、今すぐ勝利を捧げてくださってもよいのですよ?」


 挑発するようにそう告げると、ユーゼルはくつくつと笑った。

 涼し気な瞳に、情熱の色が宿る。


「君が妻になってくれるというのなら、何もかもを捧げよう」

「ご冗談を。それに、蝶だなんて油断していると痛い目を見ますわよ」


 これでも、前世ではいくつもの死線を潜り抜けてきたのだ。 

 ただ美しいだけの見世物だと侮られるのは屈辱だ。

 確かに、屈強な男性に比べれば力は劣るだろう。

 だが、その分エレインは自分だけの武器を持っている。

 しなやかな肢体から繰り広げられる柔軟性に富んだ動きと、小柄な体格を最大限に生かしたスピード勝負。

 それらを組み合わせれば――。


「っ……!」


 舞い踊るように美しく、そして素早く剣を振るうエレインの動きに、ユーゼルは初めて焦りの表情を見せた。

 間一髪、彼が背後に大きく後退したことで討ちそこなってしまった。

 あと少し判断が遅れていれば、勝利の女神はエレインに微笑んでいたというのに。


「なるほど……。蝶のように舞い、蜂のように刺す、というわけか」

「降参ならいつでも受け付けておりますが」


 そう言ってエレインが挑戦的に笑うと、ユーゼルはますます愉快そうな表情になる。


「綺麗な薔薇には棘がある……か。おもしろい」


 ユーゼルの視線がまっすぐにこちらを捕らえる。

 その瞳に、今までにない力強い光――まるで強い執着のような気配を感じ取り、エレインの背筋にぞくりと冷たいものが走る。


(なに……なんなの……?)


 知らず知らずのうちに、剣を掴む腕が震える。

 どんな強敵を前にしても、こんな風に怖気づいたことなんてなかったのに。

 何か、忘れていた大事なことがある。

 厳重に蓋をしていたはずの何かが、引きずり出されようとしている。

 呼吸が乱れる。額を冷や汗が伝い落ちる。


 いったい、目の前の男は何なのか……!?


「ますます、君のことが欲しくなった」


 ぺろりと唇を舐め、ユーゼルがそう口にする。

 その途端、彼の纏う気配が変わった。

 エレインが息をのむと同時に、彼は一気に駆け出し距離を詰めてくる。


「っ……!」


 ……予想はできていた。どう対応するかも、頭に描けていたはずだった。

 それなのに、こちらに迫るユーゼルの姿を目にした途端……エレインはまるで時が止まったかのように動けなくなってしまったのだ。


 逆手で剣を手にする、特徴的なその構えが。

 目の前のユーゼルと同じように剣を振るう男の姿が、脳裏にフラッシュバックする。


「ぁ……」


 どうして、忘れていたのだろう。


 前世の記憶にところどころ抜けている部分があることには気づいていた。

 だが、そんなものかと深く気にしたことはなかった。

 ……今思えば、きっと本能で忘れようとしていたのだろう。


 かつてエレイン――「リーファ」が誰よりも信頼し、裏切られ、死に追いやられる原因となった男のことを。


「シグルド……?」


 無意識にそう口にした声は、果たしてユーゼルに届いたのだろうか。

 唖然とするエレインの前で、ユーゼルは鮮やかに剣を振るう。

 体に強い衝撃が走り、エレインの手にしていた剣が弾き飛ばされる。


「やっと捕まえた」


 そう耳に届いた途端、ずきりと頭に強烈な痛みが走り、記憶の洪水に襲われる。


「あぁぁっ!」


 自らを守るように搔き抱きながら、ぷつりと糸が切れたようにエレインの意識は闇に飲まれて行った。

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