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22 私への悪意、思いっきり利用させていただくわ!

 どんな美しい女性に言い寄られても、決して首を縦に振らなかった難攻不落の男――ユーゼル・ガリアッド。

 そんな彼が小国の伯爵令嬢に一目惚れし、その場でプロポーズしたうえ帰国時には一緒に連れてきたという噂は、瞬く間に社交界を席巻した……らしい。


「皆、早くエレイン様にお目にかかる日を待ち望んでいらっしゃいますわ」

「エレイン様はこんなに素晴らしい御方なんですもの。国中がエレイン様の虜になること間違いなしです」

「婚約披露パーティーの際には、最上級に美しいエレイン様を皆にご披露しなくては!」


 先日、不正を働いた使用人を庇った件によって、公爵邸内のエレインへの評価は(エレインの望みとは裏腹に)すこぶる好意的だ。

 侍女たちは日夜嬉しそうに張り切っているが、エレインは彼女たちのように楽観視はしていない。


(誰にもなびかなかった公爵が突然連れてきた弱小国の女なんて、どう考えても社交界で好意的に迎えられるとは思わない)


 嫉妬や憎悪で攻撃されるか、もしくは地位目当てにすり寄られるかの二択だろう。

 普通なら気が重くなるところだが……エレインはむしろワクワクしていた。


(いいじゃない。私への悪意、思いっきり利用させていただくわ!)


 いくら公爵家の中で使用人に好かれていようと、社交界での評判が悪ければ、ユーゼルもエレインを妻とすることの是非について考え直さざるを得ないだろう。

 つまりは予定されている婚約披露パーティーで、とんでもない悪女として認知してもらう必要がある。

 念には念を入れて、エレインは不安そうに瞳を潤ませて侍女へと頼み込んだ。


「でもわたくし、不安ですの。わたくしのような田舎者が、ユーゼル様の婚約者として認めていただけるのか……」

「エレイン様ほどユーゼル様にふさわしい御方はいらっしゃいませんわ!」

「ですが、その……ユーゼル様は今まで、たくさんのご令嬢の求愛を断られてきたと伺いました。ユーゼル様がどうしてわたくしのことを気に行ってくださったのかは存じませんが、きっとわたくしをよく思わない方もいらっしゃるはずです」


 しゅん、とした表情を張り付け俯くと、侍女たちは不安そうに顔を見合わせた。

 エレインの懸念を否定できないのだ。


「……ご心配なく、エレイン様。公爵閣下なら必ずエレイン様を守ってくださいますわ」

「そんな、公爵閣下のお荷物になるなんて……! やはりわたくしなどでは、ユーゼル様にふさわしくないのだわ……!」


 わざとらしくそう嘆いて、エレインはわっと両手で顔を覆った。

 その途端、侍女たちはおろおろし始める。

 ……よし、これで多少は要求が通りやすくなるだろう。


「お気を確かに、エレイン様……!」

「エレイン様はそこらのブリガンディアの女性よりもよっぽど素晴らしい御方ですわ!」

「エレイン様を差し置いて、公爵夫人を任せられるような方はおりませんもの!」


 必死に慰めの言葉をかける侍女の方をちらりと見て、エレインは弱弱しく告げる。


「ありがとう、皆……わたくし、頑張るわ……」

「エレイン様……」

「でも不安だから……この国の社交界――主にわたくしと同年代のご令嬢たちについて詳しく教えていただけないかしら。……特に、わたくしのことを気にいっていないであろう方について」


 きっと侍女たちには、先に情報を得ておくことで、気に入られるように振舞いたいいじらしい行動に見えたことだろう。

 だが、不安そうな表情の下で、エレインは真逆のことを考えていた。


(先に情報を得ておけば、相手の感情を逆なでするのも容易くなるのよね。思いっきり地雷を踏みに行って、盛大に暴れてもらうわよ……!)


 あわよくば、社交界のボス的存在に「こんな下賤な女が公爵夫人なんて認められませんわ。さっさと田舎にお帰りなさい」……みたいな感じに言ってもらえるかもしれない。

 そうすれば、エレインは「やはりわたくしには無理でしたわ」と被害者ぶりながら、さっさとユーゼルの婚約者なんて立場からおさらばできるのだから。


「皆、お願いしても大丈夫かしら……?」

「はい! お任せください!」


 瞳を潤ませながらそうお願いすると、侍女たちはすぐさま頷いてくれた。 

 大笑いしたくなるのを堪え、エレインは「皆、ありがとう……!」と、精一杯けなげな笑みを浮かべてみせるのだった。

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