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16 姫君のお望みのままに

(なに、これ……)


 初めて、ユーゼルがシグルドの生まれ変わりだと悟った時と同じような……それでいて、あの時とは違う、ひたすらに優しく温かな感動が胸を震わせた。


(私は、知ってる……)


 この優しく温かな感情を与えてくれる人を。

 すべてを包み込み、優しく微笑む存在を知っている。

 尊敬していた。敬愛していた。彼女のためなら、何もかもを捧げられた。

 それこそ、命ですらも。

 ……脳裏に懐かしい光景が蘇る。

 美しい王国。仲間と共に駆けた日々。水晶の宮殿に座す、誰もに愛された国の宗主――。


(女王陛下……!)


 エレインの目の前にいるリアナは、急に黙り込んだエレインにおろおろと瞳を揺らしている。

 だがその頼りない姿の内側に、エレインがずっと会いたかった人がいる。

 エレインの前世――リーファが仕えていた賢く優しい女王。

 リアナこそが、その生まれ変わりなのだ。

 そう気づいてしまったら、もう耐えられなかった。

 自然と、エレインはその場に跪いていた。

 遠い昔、何度も何度もそうしたように。


「ずっと……お会いできる日を心待ちにしておりました……!」


 声を震わせながら、必死にそう伝える。

 そして、世界で一番大切な宝物を扱うように……リアナの手を取り、額にあてる。


(今世も、私はあなたをお守りします)


 エレインは、そう誓わずにはいられなかった。

 生まれ変わったからなんだというのだ。

 リアナの魂はエレインが敬愛する女王と同じ。

 また巡り合えたのだから、前世と同じようにすべてを捧げる覚悟はできている。

 その神聖な誓いのような光景に、集まった使用人たちも、ユーゼルでさえも、何かを感じ取ったように魅入ってしまっていた。

 ただ一人当のリアナだけが、「はっ、はい! 私もお会いできて光栄です……!」などと、わたわたしていた。



 ◇◇◇



 ……困ったことになってしまった。

「長旅でお疲れでしょう」と部屋に通され、一息ついたところで……エレインは大変な事実に気づいてしまった。


 ――世界一殺したい相手と、世界一守りたい相手が仲の良い兄妹だった。


 こんなことがあってよいのだろうか。運命というのは実に残酷なものである。


(私はチャンスがあれば今日にでもユーゼルを殺すつもりだった。でも、そうすれば……)


 きっと、リアナは悲しむだろう。あの繊細で美しい心に消えない傷跡を刻むなんて、考えただけでも寒気がする。

 もしもそんなことを企む輩が居れば、エレインが真っ先に抹殺してやりたいくらいなのだが――。


(今一番リアナを傷つけかねないのは、私自身なのよね……)


 まるで魂が抜けてしまったかのような心地で、着替えを済ませ大食堂へ向かう。

 さすがは大国の公爵家と賞賛を送りたくなるような、豪華な晩餐が始まる。

 エレインの正面の席に腰掛けたリアナは、にこにこと愛らしい笑みを浮かべていた。


「ふふ、こうやってお兄様の選んだ方とお食事を共にできる日をずっと楽しみにしていたんです! お兄様ったら、どんな女性に言い寄られても全然頷かないんですもの」

「その甲斐あって、最高の相手をお前の下に連れてくることができただろう? 俺の妻となる女性はお前の家族にもなるんだ。妥協するわけにはいかないからな」

「お兄様の慧眼はさすがです! まさか、エレインお姉様のような素敵な方を連れてこられるなんて!」


 ともすれば「ブラコン&シスコン」なんて言いたくなるほどの仲の良さだが、ユーゼルとリアナだと不思議と絵になっていた。

 控える使用人たちも、誇らしげな顔で二人を見守っている。

 和気あいあいと会話を交わす兄妹に、エレインは内心で盛大にため息をつく。


(……せめて、仲が悪ければなんとかなったかもしれないのに)


 この仲の良さでは駄目だ。

 エレインがユーゼルを殺せば、リアナの眩しい笑顔が曇ってしまう。

 もしかしたら、生涯笑わなくなってしまうかもしれない。

 誰よりも守りたいと願った相手の笑顔を、幸福を、エレインは奪ってしまうことになりかねないのだ。

 そんなこと……。


(できるわけ、ないじゃない……!)


 手にしたフォークがエレインの指圧に負け、めきょっと曲がる。

 近くに控えていた使用人がぎょっとしたような顔をしたが、さすがは躾の行き届いた名門公爵家の使用人。

 深く突っ込むこともなく「大変失礼いたしました」と、さっと新しいものに変えてくれた。


「お兄様! よろしければエレインお姉様との馴れ初めのお話を聞かせてくださいな」

「そうだな……どこまで話そうか?」


 ユーゼルがいたずらっぽい視線をエレインの方へと送ってくる。

 きっとこの男は、エレインが止めなければ馬鹿正直に「酔っ払いをぶちのめしたところを見て惚れた」などと言いかねない。

 そんなことをすれば、可愛い可愛いリアナに「とてつもなく危険なゴリラ女」のような印象を与えてしまう。それで距離を取られてしまったりしたら普通に嫌だ。

 エレインはビキビキとこめかみが引きつりそうになるのを感じながら、にっこりと笑ってみせた。


「そうですね……とびきりロマンチックにお話していただけると嬉しいですわ」


 ほんのりと「下手なことは言うな」という圧を込めてそう伝えると、ユーゼルはエレインの意図を察し、微笑んだ。


「姫君のお望みのままに」


 酔っ払い貴族に絡まれていたエレインをユーゼルが救う所から始まる、事実とははなはだしく乖離したユーゼルの作り話を聞きながら、エレインは静かに嘆息した。

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