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12 好意の反対は

 エレインにのしかかるようにして真上からこちらを見下ろす男――ユーゼルは、ひくり、と喉を震わせるエレインを見て、ゆっくりと口角を上げた。


「気づくさ。俺はいつでも君のことばかり考えているからな」

「なら……なんでそんなに嬉しそうなの!?」


 こちらを見下ろす彼は、ひどく嬉しそうな顔をしている、

 ベッドに組み伏せられた時に放してしまったが、ユーゼルだってエレインがナイフを振り下ろそうとしていたのに気付いていないはずがない。

 なのになぜ、自分を殺そうとした相手にそんな顔ができるのだろうか。


「それとも、私があなたを殺そうとしていたことに気づかないほど頭がお花畑なんですか?」


 挑発するようにあえてそう言ったが、ユーゼルは欠片も動揺せずに笑っている。


「いや? 君が枕の下からナイフを取り出した時から俺を狙ってくることはわかっていた」

「だったらどうして! 護衛でも何でも呼べばよかったじゃない!」


 じわじわと、エレインの胸中を得体の知れない恐怖が侵食している。


 ……目の前の男が恐ろしい。


 彼はエレインが己を殺そうとしたことに気づいていたのに、今の今まで何の手も打たなかったのだ。

 やろうと思えば、護衛を呼んでエレインを拘束することだってできたはずなのに。

 それなのに、どうして……こんなに嬉しそうに笑えるのだろうか。


「……好意の反対は何か知っているか?」


 唐突に、ユーゼルはそう問いかけてきた。

 彼の纏う底知れない雰囲気にのまれるようにして、ついついエレインも問いかけに応えてしまう。


「……嫌悪、もしくは憎悪……ですか?」

「いや、違う。正解は『無関心』だ」


 エレインの腕を押さえていた手を離し、ユーゼルはゆっくりとシーツに散らばるエレインの金糸のような髪を撫でた。

 まるで愛しい相手に触れるような手つきに、びくりと体が反応してしまう。


「俺を絶望させたいのなら、そんな風に情熱的な目で見るのは逆効果だな」

「なっ、変な言いがかりはやめてください!」

「言いがかりじゃないだろう。現に、君はこうやって俺の所へ来てくれた」

「ひゃっ!」


 すくい上げた髪に口付けられ、ぞくりと甘い痺れが走る。


「その、俺のことを殺したくてたまらないという目が……どこまでも俺を熱くさせる」


 ユーゼルが大真面目に零した言葉に、エレインは混乱した。


「……は? 殺意を向けられて喜ぶなんておかしいんじゃないですか!?」

「無関心な態度を取られるよりはずっといい。まぁ、欲を言えばたまには素直に甘えてほしいものだが……」

「絶対しませんから!」

「……まぁいいさ。愛情も、殺意も、相手に抱く大きな感情という点では同じだ」


 いや全然違うでしょう……と普段のエレインなら口にしただろうか、何故かユーゼルの瞳に見つめられると、ごくりとつばを飲み込むことしかできなかった。


「君が俺に対して並々ならぬ感情を抱いてくれている。それだけで、俺は嬉しい」


 そう言って心底嬉しそうに笑うユーゼルを見ていると、敗北を悟らずにはいられなかった。

 ……認めよう。今夜はエレインの負けだ。

 ユーゼルの思考が、行動がエレインの想像を大きく超えていたのは確かなのだから。

 それでも言われっぱなしなのは癪で、エレインは精一杯の矜持を集めてユーゼルを睨み返した。


「……ふん、ずいぶんと能天気なことをおっしゃるのですね。これで私が諦めるとでも? 同じ機会が訪れれば、今度こそあなたの寝首を搔いてやりますから」


 そう宣言すると、ユーゼルはすっと表情を消した。

 さすがに危機感を覚えたのだろうか……とエレインが胸がすくような気分になったが――。


「それは困るな」

「ひっ!?」


 急に顔を近づけてきたユーゼルに耳元で囁かれ、思わず上擦った悲鳴が漏れてしまった。


「何故君が俺の命を狙うのかはよくわからないが……そんな風に毎晩可愛らしく迫られたら、俺の理性が保てる自信がない」

「は? 何を言って――」

「自分に好意を持っている男のベッドに忍び込む意味を、君はもう少し熟考した方がいい」

「んひゃっ……!」


 かぷり、と軽く耳を食まれ、情けない悲鳴が口から飛び出してしまう。

 全身が燃えるように熱い。

 反射的に涙が出てきたのか、見上げるユーゼルの顔がぼやけていく。


「……誰でもいいくせに」


 言うつもりはなかった。

 それなのに、まるで恨み言のように、エレインの口は勝手に感情を吐露してしまう。


「そんな調子のいいことを言って、私を騙せるとでも? どうせ、都合の良いお飾りの妻だとしか思っていないくせに!」


 みっともなくそう言葉をぶつけると、ユーゼルがぱちくりと目を瞬かせた。

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