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11 今度こそさようなら

「……部屋替えを要求します」

「無理だ」


 その夜、ブリガンディア王国までの道中に立ち寄った宿にて……エレインは頭を抱えていた。

 なにしろ、本日宿泊予定の部屋はユーゼルとの二人部屋だったのだ。

 さすがにベッドは二つあるが……とてもこの男と同じ空間で一晩過ごせるとは思えない。


「私たちはまだ結婚前ですよ!? このケダモノ!!」

「人聞きの悪いことを言うんじゃない。俺たちの噂を聞いて宿の者が気を利かせた結果だ。それに……」


 ユーゼルが一歩近づいてきたので、エレインはびくりと体を跳ねさせてしまう。

 そんなエレインの様子を見て、ユーゼルは少し困ったように笑った。


「そう怯えるな。約束通り、君の気持がこちらへ向くまでは手を出すつもりはない」

「お、怯えてなんていませんけど!? ……とにかく、その言葉、違えたら許しませんからね」


 なんだか自分だけがわがままを言っているような気がして、エレインは気恥ずかしさにそっぽを向く。

 すると、頭上でユーゼルがくすりと笑う気配がした。


「まるで気難しい猫だな」

「……誰が、何ですって?」

「まぁいい、明日も早いんだ。今夜は早く寝るといい」


 そう言うと、ユーゼルはぷりぷり怒るエレインを尻目に、さっさと寝る体勢になってしまった。


「なっ……」


 そのあっさりした態度に、エレインは唖然とした後……ふつふつと胸に怒りが湧いてくる。


(あれだけ熱烈に口説いてきたのに、その態度は何なの!? まさか……全部演技だったの?)


 思えば最初からおかしかった。

 普通、エレインが酔っ払い貴族を撃退した場面を見て「「君が華麗に男を撃退する姿に心を奪われた」などと言うだろうか。


(もしかしたら私……利用されてる?)


 酔っ払い男を撃退した姿うんぬんはただの方便で、本当は……ただ「王太子に婚約破棄された女」に付け入ろうとしただけではないのだろうか。

 婚約破棄された直後なら断るはずがないと、大国の公爵の求婚なんてありがたいだろうと、弱みに付け込んだつもりなのだろうか。


(もしかしたら愛人を囲っていて、私は都合のよい形だけの妻にしたいってこと?)


 考えれば考えるほど、その可能性が高いような気がしてならなかった。

 ちらりとユーゼルの方へ視線をやれば、エレインの葛藤などどこ吹く風で寝入っている様が目に入る。

 ……とても、恋焦がれる相手への態度だとは思えない。


(…………どこまで、人を馬鹿にすれば気が済むのかしら)


 急速に心が冷えていく。

 仮にエレインの推測通り、都合の良い妻として傍に置きたいというのなら……そう正直に話せばよかったのに。

 あんなに伯爵家や王都の人たちを巻き込んで、365本の薔薇なんて用意して、甘い言葉を囁いて……戸惑うエレインや、喜ぶ者たちを嘲笑っていたのだろうか。


(……許さない)


 エレインだけでなく、エレインのことを心配してくれた者たちの気持ちを踏みにじるなんて。

 前世での恨みだけでも許せないのに、どれだけ罪を重ねるというのだろう。

 エレインは静かに枕の下を手で探った。

 そこに隠してあるのは、護身用のナイフだ。

 女性の手にも扱いやすい小ぶりなナイフだが……間抜けに寝入っている者の命を奪うだけなら、これで十分だ。


(私の前で隙を見せるのが悪いのよ)


 ユーゼルの腕前を信頼しているからだろうか。

 公爵という立場に反して、彼に対する護衛は驚くほど少ない。

 だからこそ、これはチャンスだ。

 今夜ユーゼルを殺し、エレインは姿を消す。

 少し偽装すれば野盗のしわざだと、エレインは攫われたのだと見せかけることができるだろう。

 責任はすべてガリアッド公爵家側にある。フェレル伯爵家側はむしろエレインを守れなかったことを糾弾し、慰謝料だって請求できるかもしれない。


(そう、これでいいわ)


 前世からの復讐を遂げ、エレインは自由に生きていく。

 裏切り者にはふさわしい幕引きだ。


 ナイフを手に、ゆらりと立ち上がる。

 耳をすませば、ユーゼルの規則正しい寝息が聞こえてくる。

 エレインは音をたてないように移動し、ユーゼルのベッドの傍らに立った。

 見下ろせば、瞼を閉じた端正な顔がわずかな明かりに浮かび上がる。

 一撃で、断末魔すら上げさせずに仕留められる場所を確認し、エレインはゆっくりと腕を上げた。


(さようなら、シグルド)


 心の中でそう呟き、ひと思いに刃を振り下ろす。

 ……はずだった。


「っ!?」


 最初は、何が起こったのかわからなかった。

 ナイフを持つ腕を掴まれたかと思うと、一瞬でぐるりと視界が回る。

 背中に柔らかなベッドの感触を覚えたのと同時に、上から何かがのしかかって来て動きを封じられる。


「随分と、熱烈なお誘いだな」


 頭上から降ってきた言葉に、心臓が嫌な音をたてる。

 まさか、眠っていたはずなのに。どうして……。


「……気づいて、いたの」


 そう口に出した声は、みっともないほど掠れていた。

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