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10 公爵様のお戯れ

(くっ、甘く見てた……)


 絵に描いたような幸せな門出の数時間後、エレインは早くも爆発寸前だった。

 狭い馬車の中に、ユーゼルと二人きり。

 しかもユーゼルときたら、まったくペースを落とすことなくエレインを口説き続けているのだ。

 忍耐力には自信のあるエレインだったが、早々に限界を迎えていた。


「あの日、君を初めて見た時に電撃が走ったんだ。今まで色恋沙汰に現を抜かす者を馬鹿だと思っていたが、初めてその気持ちがわかったよ。運命の相手に出会うというのは、こんなにも――」

「あぁもう! ちょっと黙ってもらえませんか?」

「視線君に愛を伝えろというのか。俺の姫君は無茶なことを言う。だが他ならぬ君の望みだというのならやってみよう」


 今度は至近距離で穴が開くほど見つめられ、エレインは思わずユーゼルの顔をぐい、と遠くに押しやった。


「視線がうるさい!」

「ならば動作で伝えようか」

「えぇ、私の視界の範囲外で求愛ダンスでも踊って……っ!」


 急に手を取られ、エレインはびくりと体を跳ねさせてしまった。

 エレインの手を取ったユーゼルは、しげしげと傷一つない白魚のような手先を眺めている。


(うっ、やっぱり視線がうるさい……。でも、さっきよりはましなような……っ!?)


 急にすり……と手の甲を優しく撫でられ、エレインは再びびくりと肩を跳ねさせた。

 ちらりと視線をやれば、ユーゼルは特にこちらを驚かせようと企んでいる様子もなく、ただただ熱心にエレインの手を眺めたり触れたりしている。


(このくらいなら、私が我慢すれば……)


 耳元でしつこく愛の言葉を語られたり、至近距離で見つめられることに比べればマシだ。

 伯爵家のメイドたちが日夜手入れを欠かさなかったエレインの手は、自慢じゃないがしなやかで美しい。

 観察されたり、多少触れられたりするくらいなら、なんとか許容範囲で――。


「っぅ……!」


 今度は指と指の間をゆっくりとなぞられ、とっさに声が出そうになってしまう。

 体にじわりと甘い痺れが走り、思わず零れた吐息には熱がこもっているような気がしてならない。

 文句を言って手をひっこめようかとも思ったが、直前で思いとどまる。

 ……なんとなく、負けたような気がするからだ。


(このくらいなんともないわ。心頭滅却……)


 気にするから気になるのだ。

 エレインが過剰な反応を返せば、ユーゼルは調子に乗って「君は敏感なんだな」みたいなことを言うに決まっている。

 そんなことは言われたら、恥ずかしくて馬車から飛び降りない自信がない。


(大丈夫、小動物がじゃれているだけだと思えばなんとか……)


 外の景色でも見ながら、気を落ち着けよう。

 エレインはわざとユーゼルから視線を外し、窓の外を流れていく景色に集中しようとしたが――。


「ひゃっ!?」


 急に指先に濡れた感触を覚え、ひっくりかえった声が出てしまう。

 反射的に振り返ると、ユーゼルがエレインの指先に唇を落としていた。

 彼はエレインが反応したのに気付くと、にやりと笑みを深める。


「どうした?」


 どうしたもこうしたもない! ……と口に出したかったが、羞恥心にわなわなと震える唇からはうまく言葉が出てきてくれない。


「君は爪の先まで美しいな。色も、形も……まるで桜貝のように愛らしい」


 そんな部分をまじまじと見られたのも、褒められたのも初めてだった。

 だから、反応が遅れてしまった。

 再びユーゼルがエレインの指先に口付ける。

 そして更に……ちゅう、と吸ったのだ。


「ぎゃあああぁぁぁぁ!!」


 エレインはものすごい勢いで手をひっこめ、後ずさった。

 背中が馬車の壁にぶつかり、軽く車体が揺れる。


「なななな、何を……!」

「すまない。どんな味がするのかと思って、つい」


 まったく悪びれた様子のないユーゼルに、エレインはリンゴのように真っ赤になった。


(こっ、こいつ……!)


 認めよう、エレインの考えが甘かった。

 この男、想定以上に手に負えない……!


「か……勝手にべたべたしないでくださいませ」


 真っ赤な顔でそうまくしたてると、ユーゼルはムッとしたような表情になる。


「何故だ。俺たちは婚約者だろう」

「それは! あなたが一方的にけしかけた勝負でしょう!?」


 勝てると思ってエレインも勝負を受けたのだが、その事実は棚に上げておく。


「ガリアッド公爵ともあろう御方が、半ば無理やり婚約を結んで相手を手籠めにするおつもりで? まさか、口説き落とす自信もないとは驚きですね」


 挑発するようにそう言うと、ユーゼルは驚いたように目を丸くする。

 そしてその直後……なんとも愉快そうに口角を上げたのだ。


「なるほど、さすが俺のお姫様は難攻不落だな。……わかった。お望み通り口説き落としてみせよう」


 ユーゼルの瞳の奥に、ぎらりと熱情の炎が灯ったのがわかった。

 ぞくりと背筋に冷たいものが走り、エレインは冷や汗をかいた。


(今ので……よかったのよね? なにか変な火をつけちゃったような気が……)


 なんとなくユーゼルの方を見ていられなくて、エレインは慌てて視線を逸らすのだった。

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