今世での初めての浄化は結構大変でした
目が覚めたとき、わたしは病院でした。
「優那~!良かったぁぁぁ」
お母さんが泣きながら抱き締めてきました。その後ろでお姉ちゃんが真っ赤な目をしています。
「あれ?ここ……」
「道端に意識不明で倒れていたのを、助けてもらったのよ。もう……心配させて……」
瘴気を浄化して、わたしはそのまま意識を失ってしまったみたいですね。それを誰かが助けてくれたということでしょうか。迷惑、かけちゃった……。
すぐにお医者さまが来てくれました。脈を計ったり心音を聞いたり。他にもあれこれ質問されて「どこも異常はないようですね。でも、今夜一晩、様子をみましょう」と言われました。
はい、聖力の使い過ぎなだけで、しばらく休めば大丈夫です。お母さんにもお医者さまにも言えませんけど。
「はあ、ホントに良かった。……あ、ありがとうございました!もう大丈夫なようです。ご心配をおかけしまして」
お母さんがふいに戸口の方を向いて声を掛けました。
「さ、優那。あなたもお礼を言って。倒れているあなたを病院まで運んでくださったのよ」
「目が覚めて安心しました」
―――穏やかな低い声とともに、男の人が現れました。
!!!
翔梧くんと一緒のときに神社で見かけた、あのお兄さん!
「藤佐和さんという方よ。あなたが倒れているのを見つけて、病院まで運んでくださったの。お礼を言いなさいな、優那」
「はい。あの、ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
藤佐和さんがニッコリ笑って、お母さんの「きゃあ~」という小さな悲鳴が聞こえました。……ちょっとちょっと、お母さん?すっかり目がハートになってるんですけど。
お姉ちゃんも白い目になってお母さんを見ていました……。でも、藤佐和さん、すごくカッコいい人なのでお母さんの気持ちは分かるんですけどね。
その後、お父さんも会社を早退して駆けつけ、大騒ぎは続きました。つ、次からは、倒れないように気を付けなくちゃいけないなぁ。
1人になって、藤佐和さんからもらった名刺を見てみました。
あ、本当にカメラマンだったんですね。藤佐和開、とあります。なんて読むのかしら?あら、住所が首都ですけど。かなり遠いところから、うちの市まで来ているんだ。
そうそう。藤佐和さんによると、わたしは神社の階段下に倒れていたそうです。本殿前から下まで降りた記憶はないのですが……。
―――さて、わたしが入院した病院は、ちょうど良いことに瘴気に当てられて意識不明になった中学生6人も入院している病院でした。
瘴気を浴びても、空気の清浄な場所で過ごせば回復する場合もあります。でも自然回復するにはかなりの年数がかかります。ここはやはり、わたしが浄化をしなければ。
消灯時間になって、トイレに行くフリで病室を出ました。
ICUではなく、わたしが入院している同じ階のナースセンターに近い病室2部屋に中学生たちはいるようです。
本当なら病室の中に入って1人ずつ手を握って浄化するのが一番良いのですが。見つかったときに言い訳が難しいので―――聖力の消費は大きいですけど、部屋全体に一気に浄化をかけましょう。
2部屋のちょうど中間点に立ち、わたしは手を組みました。
神社で力を使いましたからね。コツは思い出せましたよ!
身体の内から光を呼び出し、少しずつ広げて……さあ、浄化の光よ、行け!
勢いよく浄化の力を使ったまでは良かったんですが、その後、わたしは再び意識を失ってそのまま倒れてしまったようです。
翌日の昼に目が覚め、そのときには前日以上に焦燥感たっぷりのお母さん・お父さん・お姉ちゃんが揃っていました。
「先生!本当に、本当に優那に重大な病気は隠れていないんですか?!こんな短期間のうちに2回も意識を失うって今までになかったことです!!」
「え、ええ……ですが、血液検査もCTもMRIも問題なしでして……」
「もう一度、もう一度精密検査をしてください~」
……ううう、せめてベッドに戻るまでの体力を残しておくべきでした。まだ、自分の使える力の量が分からない~。
そんなわけで、わたしは1週間、入院となりました。
一方で、意識不明だった中学生たちは一斉に目覚めて大騒ぎです。原因は分からず、中学生たちも倒れたときの記憶もなく、テレビでも大きく取り上げられていました。廃神社のタタリ?!なんて噂も流れたようですね。わたしも神社の近くで倒れていたので、中学生と同じく神社のタタリに当てられたのでは、とも言われました。
まあ、タタリではないですけど、当たらずとも遠からずなのかしら??
「また倒れたと聞いたんですが……」
入院4日目。藤佐和さんがお見舞いに来てくれました。
病室で1人、ヒマでヒマで仕方なかったときなので話し相手ができて助かります。
「だいじょうぶです。もう、ホントに元気なんです。寝てばかりだから、かえって病気になりそうなくらい!」
腕をぶんぶん振り回して元気アピール。実際、しっかり寝すぎて1週間は徹夜できそうな気分です。
藤佐和さんは苦笑しました
「そうですか。でも、ムリはしないで」
「はい。……あ、そうだ。お聞きしたかったんです。お名前、なんと読むんですか?ひらく?」
わたしはサイドテーブルに置いていた藤佐和さんの名刺を取りました。
お母さんはネットで藤佐和さんのことを調べたそうです。賞ももらっている有名な写真家なんだとか。ネットで調べたのなら、お母さんは何と読むのか知ってるのでしょうけど、聞くのを忘れていたんですよね。
藤佐和さんは、じっとわたしを見つめました。
「……カイと読みます」
「カイ?」
カイ。
前世で、わたしにとってはとても大事な人と、同じ名前。一瞬、ぐらりと視界が揺れました。
「大丈夫ですか?!」
「……あ…だい、じょうぶ、です」
「優那さん」
わたしを支えてくれた藤佐和さんは、ふいに真剣な表情に変わりました。
「神社下で倒れている貴女を見つけたと言いましたが、それはウソです。貴女は、神社の社の前で倒れていた。昼間に訪れたとき、その一帯は黒く穢れていたのに……貴方を見つけたときは綺麗に浄化されていました。あれは……あれは、貴女の仕業ですか?」
「!!」
わたしは息を飲みました。
黒い穢れ。浄化。
つまり瘴気のことを知っていて、それが浄化されたことを理解している……?
「カイ……カイ・ルウェン……?」
恐る恐る、わたしは言葉を発しました。
最初に神社で会ったときから、何故かとても懐かしい気がして。
魂が震えるような、そんな感覚。
もしかして。
もしかすると。
「ああ―――やはり、ユーナ様だったんですね!」
藤佐和さんは大きく目を見張り……ふわっと優しく微笑みました。