瘴気と魔物と、淀んだ空気の中で
それからずっとお互いに無言のまま、岡山に着いて、ホテルにチェックインしました。
もちろん同じ部屋ではなく、別々の部屋です。
ちなみに、カイは剣を持ってくるためにギターケースを利用しました。一見すると、バンドマンでしょうか?
ホテルの人って、わたしとカイをどんな関係と思ったことでしょう。恋人には見えないだろうし、年の離れた兄妹にしては似てないし……。
夕飯を食べ終え、部屋で一人くつろいでいたときです。
ふいに切羽詰まった感覚がしてきました。
───たぶん、始まる。
わたしは急いで動きやすい服に着替え、カイの部屋へ。カイは……わたしとは違って、ちゃんといつでも動き出せる状態でした。
わたしを見て、「行きますか?」とギターケースに手を伸ばします。
「うん。日付けが変わるまでに、お寺に行きたい」
カイは、ちゃんとレンタカーの手配もしていました。
なんて優秀なの、カイ……。わたし、準備とか、なーんにも考えてなかった……。
―──夜の道を走り、件のお寺へ。
時刻は、夜の9時。
周囲は驚くほど暗く闇に沈んでいるのに、わたしには行手のお寺の辺りだけ赤く燃え上がっているように見えました。
思わず息を飲んで拳を握りしめたら、カイがそっとその上に手を重ねてくれました。
「大丈夫です。必ずお守りしますから」
「カイ……」
ふと、その口調が気になって、わたしは真っ直ぐに前を見つめるカイに目を向けました。
「カイ。新幹線で約束したこと、忘れないでね?わたしも、カイも生きて帰るんだよ?もし……カイが命を落とすようなことがあったら……わたしも後を追うから」
「ユーナ様?!それは……!」
「誰かがわたしを守って死んじゃうなんて……もう、イヤなの」
「しかし……」
「約束!」
「はい」
こんな約束なんて、本当は意味がない。
瘴気と魔物がわたしたちでは対処できないくらい溢れ出たら───どうなるかなんて、神さまにだって分からないことだもの。
目的地から少し離れたところに車を止めました。
カイは抜き身の剣を持ち、わたしの前を歩きます。もし誰かに見つかったら、即、通報されそうですけど……辺りに人の気配はなく、風の音すらしません。
お寺にたどり着き、境内に向かいました。
「ああ……お前たちか。ワシの邪魔をするのは」
境内には、夥しい札───霊符があちこちに貼られていて、一人のおじいさんが立っていました。
古びた着物を着た、白く長いヒゲのおじいさん。
乾いてひび割れたような声で、不気味な笑い方をしました。
「ふぁっふぁっふぁっ……こんな若造と娘っ子にやられるとはなぁ」
カイはわたしを背後に庇ったまま、おじいさんに質問しました。
「……何故、瘴気を呼び出そうとする?」
「瘴気?なんの話だ?ワシは、ワシの力を世の中に知らしめるため……九尾の狐を起こそうとしているのだ」
力を知らしめる?
え?そんなくだらない理由?
わたしは唖然としました。
ああ、でも……おじいさんの内側は、真っ黒です。たぶん、長い長い年月、心の中に不満や悪意を溜め込んで……もう、手の施しようがないくらい瘴気に染まってしまっています。
あれは……とても助けられない。そして、何を言っても……言葉は届かないことでしょう。
ぶわり、ぶわりとわたしたちの周りに魔物が形を取り始めました。
「カイ。彼は、もうダメです。浄化、します」
「……はい」
カイは剣を構え、わたしは祈る姿勢になりました。
ウォーーーン、ウォーーーンッ!
魔物たちの遠吠えが高く、低く。耳鳴りのように何重にも響いています。わたしは、うずくまって祈り続けて……一体、どれくらい経ったのでしょう?
もう、日付けは変わったのかしら?
わたしのそばでは、カイが荒い息をしながらずっと魔物を切っています。全身、切り傷だらけ。動きも鈍くなっていて……もう、そんなに持たないかも知れません。
だけど、魔物も瘴気も次から次へと湧いてくるし、空気も気持ち悪いくらい澱んでいるし───わたしは頭がガンガンと痛くて、何も考えられなくなってきました。
早く。
早く、終わって。
お願い……!
わたしの視界には、おじいさんの白いヒゲだけがぼんやり見えていて。
汗が目に入ってそれすら見えなくなったときでした。
ふいに、おじいさんの高笑いが聞こえました。
「日付けが変わる!ワシの勝ちだ!」
ハッとわたしは瞬きしました。
その瞬間、バランスを崩したカイの上から、魔物の爪が振り下ろされるのが見えました───。
「イヤ!止めて────!!」
恐怖と、絶望と、神への渾身の祈りと。
わたしの神経がすべて焼き切れるくらいの力が、身体の中心に集まりました。
身体が、沸騰しそう。
息が、できない。
視界が真っ白になって───
やがて、すべてが静寂に包まれました。




