お姉ちゃんもわたしも、平等に
現実社会はこんなに甘くないよ~と感じる方もおられると思いますが。
優しい話を書いてみたかったので……。
聖女と崇められても、その実体なんて魔物の瘴気を浄化する便利な道具とさほど変わらないのかも知れないなぁ。
大地の浄化を終え、疲労困憊のわたしは立ち上がることも出来ないまま、新たに現れた魔物を見てぼんやりとそんなことを考えていました。
11才で力が顕現し、それから国のため民のために浄化し続けること12年。ああ、そうなんだ……わたし、人生の半分以上を聖女として過ごしてきたのね。
はあ。なんだかちょっと、疲れちゃった。
わたしが一番信頼していた護衛騎士がいなくなって、気づけばもう1年。ぽっかり心に穴が開いたままの1年。
襲いくる魔物に抗う気持ちも起こらず、わたしはゆっくりと目を閉じました──。
こうえんで、おおきい男のコとぶつかって、ジャングルジムからおちて頭をうちました。
わたしはそのまま気をうしなって、大さわぎになったみたいです。
きゅうきゅう車でびょういんにはこばれ、えむあーるあいをとったり、のう波をはかったり。もんだいなしとわかってても目ざめないわたしに、お父さんもお母さんもすごくこわかったとか。
───その二日後、わたしは目覚めました。
左塔優那ではあるけれども、よみがえったユーナ・コルトとしての人格も持って。
どうやらユーナは魔物にやられて死に、新しい世界に生まれ変わったようです。
今のわたしは、左塔優那。5才。
父、母、姉の瑠奈(7才)の四人家族。日本という国に住んでいます。
ユーナ・コルトがいた世界とは違って、ここには魔物はいないし瘴気もありません。魔法もないようです。
戦争をしている国はありますが、わたしのいる日本はとても平和で物が溢れている国です。そして、とっても便利!
魔法がなくても火は興せるし、夜は明るいし、お湯も水も蛇口をひねれば出ます。遠くへ飛んでも行ける、離れた人と話せる、一瞬で景色を自分の手の中に閉じ込められる……。
ユーナの意識が覚醒してから、わたしは唖然としてばかりでした。だって、こんな夢みたいな世界があるなんて!
突然、あらゆる物に興味を持ち出した娘に、お父さんとお母さんはたぶんとても驚いたことでしょう。けれど、一つ一つ、丁寧にいろいろな物の使い方や原理、扱いの注意点を教えてくれました。
ユーナは孤児だったので親と触れあった記憶がありません。だから、こんな風にお父さんとお母さんから物を教えてもらえるのは幸せでした。
まだちょっと優那としての生に戸惑いは感じるけれども……今度は、聖女でもなんでもない普通の人生を、精一杯楽しんでみたいと思います!
今日は家族で遊園地へ行きます。
私は初めてなので、とても楽しみです。
「最近、すっかり優那はお転婆さんもおさまって、いい子になったなぁ」
手を繋いでいるお父さんから、褒められました。うれしいです。
遊園地は、賑やかで楽しそうな乗り物がいっぱいあって、とっても不思議な場所でした。
二本足で歩く大きな動物もいました。最初、魔物かと思ってビックリしたのですけど……カワイイ目をしていて、風船をくれました。しゃべることは出来ないみたいですが、こちらの言葉は分かるようです。遊園地には、変わった生き物がいるんですね!
すごい速さで駆け抜けていく蛇のような物に、大勢が悲鳴をあげて乗っています。わたしが怖くなってお父さんにしがみついたら、「あはは、ジェットコースターは優那にはまだ乗れないよー」と言われました。
え?乗りたくありません!あれ、拷問じゃないんですか???
遊園地って楽しいところだと聞いていたのに、よくよく見ればあちこちで悲鳴があがっており、ぐるんぐるん回されたり、かなり高い所から落とされたり……信じられない光景が目につきます。
わ、わたしがおかしいんでしょうか?これ、みなさん、楽しんでいるんですか?何故……??
そのとき、お姉ちゃんが「あれに乗りたい!」と指差しました。
いくつものウネウネした足の先に椅子が付いていて、それがグルグル回るものです。
……あれも、わたしには拷問に見えるんですが、お姉ちゃんにはそうじゃないんですね。
「う~ん、あれは優那がまだ乗れないから、他のやつにしようか」
お母さんがお姉ちゃんの頭を撫でながら言います。わたしはホッとしました。
そんなこんなで、わたしたちは最初にメリーゴーランドという乗り物に乗りました。
ステキな馬車やカワイイ馬に乗って、音楽に合わせてクルクル回ります。すごい、楽しい!
わたしが大喜びしたら、お母さんはカシャカシャ、スマホでいっぱい写真を撮っていました。写真って、このステキな思い出をあとで何度でも見直せるから、本当に素晴らしい技術ですよね。
メリーゴーランドの次は、ティーカップへ。
小人になった気分です。メリーゴーランドとは違う回り方がすっごく面白い!きゃあきゃあ言いながら、お姉ちゃんと回し合いっこしました。
は~、目が回っちゃった。
お昼ご飯は、早起きしてお母さんと一緒に作ったお弁当を食べました。わたしやお姉ちゃんの作ったおにぎりは変な形だったけど、すごく美味しく感じました。
前世で、遠征中に何度も外でご飯を食べましたが、あのときとは全然違うものですね。こんなにも外での食事がくつろげて、美味しいだなんて。
お昼からはゴーカート、観覧車も乗りました。どれも楽しくてワクワクするような体験でした。
そして次に何に乗ろうかと相談していたときです。
お姉ちゃんが、子供向けジェットコースターをじっと見ていることに気付きました。お母さんも気付いたようです。
「瑠奈。あれは優那が乗れないから……」
「わかってる」
わたしはハッとしました。
遊園地に来てから、わたしの乗りたいものばかりずっと乗っていることに。
「お母さん。お姉ちゃんがのりたいものにも、のろう」
「優那。あのね、あのコースターはもうちょっと大きくなってからしか乗れないのよ」
「うん。だから、わたしはまってる。あ、スマホでお姉ちゃんのしゃしんをとってもいい?」
「優那……」
お母さんが目を丸くしました。
お姉ちゃんの目も丸くなりました。
「え、でも、わたしはお姉ちゃんだから……」
「どうして、お姉ちゃんだとダメなの?わたしもお姉ちゃんも、おんなじ子どもでしょ?じゃあ、びょうどうに、のりたいものにのらないと!」
「優那……!」
お姉ちゃんがポロリと涙を落としました。お母さんが慌ててお姉ちゃんを抱き寄せます。
「そっか。ごめんね、瑠奈。お姉ちゃんだからって我慢させてばかりだったね。……優那が待っててくれるから、あれ、乗ろうか?」
「……うん」
「いってらっしゃい!あとで、どんなふうだったか、おしえてね」
「うん!」
お姉ちゃんとお母さんが子供向けジェットコースターの列に並びました。
その間、そばのベンチでお父さんと待ちます。お父さんは、わたしの頭を撫でて顔を覗きこみました。
「お父さんと別の乗り物に乗りに行くかい?」
「ううん。お姉ちゃんがのってるところ、見たいの」
お母さんから、スマホを借りているので、写真も撮るのです。上手に撮れるかしら?
「あ!お父さんがのりたいのは何?大人だって、のりたいものにのっていいとおもう」
「ありがとう。でもお父さんとお母さんは、今日は優那と瑠奈が楽しく過ごしてくれることが一番うれしいんだ」
うわあ……お父さんとお母さんって、すごいなぁ。わたしもお姉ちゃんも、幸せだね。
遊園地で夢のような1日を過ごした帰りに、お姉ちゃんが手を握りながら「ありがと、優那」と言いました。
「さいきん、お母さんがすぐに“お姉ちゃんなんだから”っていうの、イヤだったの。でもね、今日、ジェットコースターにのってわかった。わたし、優那と別でのるより、一緒にのる方がたのしい。はやく大きくなって、つぎは一緒にのろうね、優那」
うん!優しいお姉ちゃん、だ~い好き!