【おまけの話】鳥籠の鍵は誰の手に…
誤字脱字を教えていただき有り難うございます(._.)
「トルーザ様、視察も順調に終わりそうで良かったですね」
「そうだな。だが帰国してからの報告が面倒だな。お前、代わってくれないか?」
隣国での視察をあらかた終えた俺は与えられた部屋で寛ぎながら、侍従の言葉に軽口を叩く。
「そんなの無理に決まってます!私はただの侍従ですから!王族方に直接報告するなんて畏れ多いです。それに、それはトルーザ様の仕事ですから責任を持ってください」
この侍従は乳兄弟でもあるので、俺に対して遠慮がない。
それに冗談で言ってみただけで、本当に責務を放棄しようと思っているわけではない。そんなことしたら、上が黙ってはいない。
上とは王族達のことだ。
俺はこれでも王族の端くれなので、成人してからは『国のために尽くせ!』とこき使われている。
まあ、当然のことだな。
ランダ国王陛下をはじめ、その従兄弟である父レザムも、他の王族達もみなその身分に相応しい働きをするのは当たり前だ。
――働かざるもの食うべからずだ。
隣国への視察は定期的に行っているが、今回視察団の代表に俺が選ばれたのは、ちょうどこの国に来る用事があったからだ。
『極秘に隣国へ行く予定なのはレザムから聞いている。ついでに隣国の視察を任せる、トルーザ』
『はっ?ついでって、それでは謁見やら面倒なことがついてきますよね?』
ランダ国王陛下は前置きもなくそう告げてきた。
本当に人使いが荒い。
用事は家族にとって私的なものだったから、正式なルートではなく身分を詐称して行くつもりだった。
だが視察を兼ねてだと、いろいろと面倒なことがついてくる。
チッと、心のなかでは舌打ちをする。
『そうなるな。お前なら問題なくこなせるだろう。まさか自信がないとか言わないよな?トルーザ』
『はい、お任せください』
こんなふうに言われて『出来ません』なんて答える王族はいない。
出来るように幼少期から教育を受けているし、出来ないことなんて最初から任せたりもしない。――もちろん俺も自信はある。
『それと、私からも祝いの品を用意したから渡してくれ』
国王陛下は誰にとは言わないがこれだけで俺には通じた。
そもそも、私的な用事とは隣国にいるノア叔父上に第三子が誕生したので、祝いの品を届けることだ。
叔父上は母の実の弟だが、表向きは他人ということになっている。
俺の母ジュンリヤは昔、隣国の王妃だった。そして我が国に滞在中に流行病で亡くなったことになっているからだ。
母は王妃として正式に亡くなったあと、この国で第二の人生を始め、しばらくしてから父レザムと婚姻を結んだ。
それはもう、父の涙ぐましい努力があったらしく伝説として語り継がれている。
子供としては恥ずかしい話も多々あるが、その伝説がなかったら、俺や弟妹はこの世に誕生していなかったことだろう。
母ジュンリヤの正体は王族達しか知らないことになっているが、実際は温かく見守っていた臣下達も気づいている。しかし、誰もその事実を口にするものはいない。
それは母が受け入れられているからこそだ。
◇ ◇ ◇
こうして俺は視察団を率いて隣国へとやって来ることになった。視察の合間に、本来の目的であるノア叔父上への訪問も極秘に果たせた。
あとは、この国の王であるアンレイ国王との謁見を済ませるだけだ。
俺は父レザムに似ていると周囲から言われている。体格だけでなく、髪や瞳の色に至るまで同じで、母を連想させる要素は見た目には一切ない。
だから、俺と『今は亡き偉大な王妃』を結びつけて考える者はこの国では誰もいない。
「トルーザ様、油断しないでください。万が一何かあったら大変ですからっ!」
侍従は真剣な表情で俺に念を押してくる。
これは俺の母が誰かバレたら大変だと言っているのだが、彼が心配しているのは外交問題よりも俺の父のことだろう。
まあ、なんだ、…父は母を溺愛するあまりに数多くの伝説を作った男だ。それはもう、周りの迷惑を考えずに……。
俺と同じ歳の侍従は父から被害を直接受けたことはないが、父親世代または祖父世代から『王族の男達による迷惑な暴走』を聞かされているから、こうして危惧しているのだ。
「もしバレたら、ちゃんと後始末するから心配するな」
「後始末にだって後始末が必要なんですから。なるべく自然死でお願いしますね!後始末が簡単なように」
「はい、はい…」
若輩者だが王族歴は十八年だ。証拠を残さずに殺る方法も身につけている。
俺は侍従と軽い口調で重い会話を交わしたあと、アンレイ国王との謁見に望んだ。
国王の顔を立てて謁見という形を取っているが、実際はただの顔合わせ。
一国の国王と下っ端王族だが立場はこちらのほうが上で、定期的に行われる視察もアンレイ国王が招く形だが、これを止める選択肢はこの国にはない。
「トルーザ様、この度は遠路はるばる有り難うございました」
「こちらこそ、お招きいただき有り難うございます。アンレイ国王」
俺がアンレイ国王に会うのはこれが初めてだ。
実年齢よりも随分と歳を重ねているように見えるのは、それだけ苦労しているからだろう。
母が人質としてこの国を去ってから、この国は荒れたそうだ。いや、もともと腐っていた内部が露呈しただけなのだが。
当初はアンレイ国王が王政を廃して責任を放棄すると思われていたが、その道は選ばなかった。
父曰く『愚かな王だが暴君ではない。世界一馬鹿な男だがなっ!』というのは本当のようだ。
自分の過ちを償うのは簡単なことではない、それも一国の王の過ちなのだから。
彼なりに出来ることをしてここまで来て、その苦労が顔に深く刻まれている。
――同情はしない、王族なら当然だ。
アンレイ国王は王妃が亡くなったあとも、側妃を王妃にしていない。二人の間には子供もいないし、周囲も声高に『王妃を!』と求めてはこないようだ。数十年前の事情が事情なだけ、家臣達も言えないのだろう。
アンレイ国王は一見すると穏やかだがその目の奥はどこまでも暗い。失った者を今も忘れることが出来ないのだろう。
彼が忘れられないのは俺の母で、子供としては複雑な気分だ。
けれども彼に対して怒りはない、なぜなら父に心から愛されている幸せな母しか俺は知らないから。
だから、彼に対しては憐れだなという感情しか浮かんでこない。
「それでは失礼します、アンレイ国王」
「ランダ国王陛下によろしくお伝えください、トルーザ様」
何事もなく謁見が終わり、退出の挨拶を告げる。
疲れ切った彼の顔を見ながら、大丈夫かという思いが湧いてきた。
まだまだ頑張ってもらわねば困る。この国の膿は出し切っていない。倒れるなら、限界まで働いてからにして欲しい。
――俺は王族だから自国のためなら、他国の王の想いも利用する。
うーん、父上にバレなければいいよな…。
俺はアンレイ国王に向かって笑みを浮かべる。もちろん外交用のもので、そこに心は籠もっていない。
俺は父にそっくりだが、一点だけ母に少し似ているところがあると言われている――それは作り笑顔だ。
これは彼への救いではない。
だが、気づけたなら今後も国のために尽くす力が湧いてくるかもしれない。そしてその力をとことん利用させてもらおう。
さあ、どうかな?アンレイ国王。
彼は目を見開き、先ほどの笑みを消し去った俺の顔をまだ凝視している。
どうやら、彼は気づいたようだ。
もし彼がこれを悪用しようとするならば、その時はちゃんと俺が始末をつけるつもりだ。
もちろん、父上が暴走する前にだ……。
「トルーザ様。お父上はお変わりないですか、それにご家族も……」
「お気遣いいただき有り難うございます、みな息災です。父は母を変わらずに溺愛しておりますよ」
遠回しに母のことを尋ねてくるアンレイ国王の声は微かに震えている。けれども、その目には不穏な気配は感じられない。
「そちらの王族がたの愛は、……大変に強いと耳にしたことがあります。大切なものは、豪奢な鳥籠に閉じ込めるような愛し方を…しているのでしょうか……」
心から案じているのだろう、我が国の王族の特有の執着とも言える愛を。
『鳥籠に閉じ込めて』とは面白い表現だが、的外れとも言えない。父はそれはもう、母を大切に、大切にしていている。王族なら普通だが、一般的ではない。
「確かにそうですね。ただ鳥籠の鍵は父ではなく母が持っています。出入りは自由で、母の意思がなによりも尊重されていますよ。だから、鳥籠は二人で築いた愛の巣です。そこでたくさんの雛も生まれていますから」
「……そうですか」
アンレイ国王の短い言葉からは安堵と苦悩が伝わってくる。愛する人が幸せなのだと知った安堵と、何もかも手遅れなのだという事実を知った苦しみ。
それはそうだ、あれからもう二十年以上経っているのだ。
「その鳥籠を守っている者達はたくさんおります。家族だけではなく、ランダ国王陛下をはじめ王族全員でしょうか。我が国の王族は結束力が固いですから。それをお忘れなく…」
アンレイ国王は言葉を発することなく静かに頷く。
この様子なら侍従が後始末に追われることも、…たぶんない。
これからも彼が『亡き王妃』と再会することは決してない。彼も望まないだろうし、俺も父も決して許さない。
――それは何があろうとも変わらない事実。
謁見が終わり部屋に戻ると、侍従に話の内容を伝えておく。
「うあぁぁ……。なに勝手なことしちゃってるんですかっ!レザム様が今日のことを知ったら――」
「報告しなければいいんだよ。この国が崩壊して困窮した民が我が国に流れてきて困るのは我が国だ。あの国王もそれが分かっているから、今以上に死ぬ気で頑張るはずだ。愛する人がいる国を守るためにな」
我ながら鬼畜な考えだなと思うが、それでも利用させてもらう。
俺が守るべきは自国の民で、あの国王の心ではない。
どんなに心が引き千切られようが、この国の王として働いてくれればいいのだ。
「確かに、アンレイ国王を利用するのはいい考えです。ですが、それはレザム様に関係のないことならばですよ…。うっ、うう…、俺も共犯だって思われたらどうするんですかっ!」
頭を抱えて侍従はへたり込む。
悲観しすぎだ、俺とお前が言わなければバレない。
それでも侍従は目に涙を浮かべて『トルーザ様、バレたら責任を取ってください!』と騒ぎ続ける。
どんだけ伝説が心と体に刷り込まれてるのだろうか。
もしかしたら俺が知らない伝説もあるのかもしれないが、それは聞かないでおこう…。
まあ、これからも父は伝説を残しそうだが、そんな父でも母は愛しているから問題ないだろう。
俺は本当の意味で王族の愛をまだ知らない。
父と母を見て育ったので、早く己の身を以て知りたいと思うが、残念なことにまだ運命の相手に巡り会っていないのだ。
追加のおまけのお話にもお付き合いいただき有り難うございました♪