6.残酷な告白
アンレイは再会した時のように抱きしめようとしてきたが、私は彼の胸に手を当て押し返し拒絶した。
「ジュンリヤ?」
彼は私の顔を覗き込むようにして名を呼んでくる。
その顔は傷ついたと言っている。
……狡いわ。
傷つけられているのは私のほうなのに。
さきほどの彼の謝罪に私は返事をすることなく話し始める。
「ちゃんと話がしたいわ。あなたは私に話すべきことがあるでしょう?それともあの報告だけで終わったと思っているの?私は貴方にとってそんな存在なの?」
こんな堅い声音を彼に聞かせるのは初めてだった。
私達は政略で結ばれたけれど、三年前まではお互いに愛を育み仲睦まじく過ごしてきたからだ。
彼の表情が一瞬で変わる。
私が言っていることがちゃんと通じたようだ。
「……側妃のことは相談もなく決めてしまい申し訳なかった」
やっと彼は最初に言わなくてはいけない言葉を告げてきた。
これで一歩前に進める。
「周囲の者もシャンナアンナ様も、貴方に望まれて側妃になったと言っていたわ。それは本当なの…?」
「…ああ、本当だ。だがこれだけは信じて欲しい。君のことを心から愛している、それはこの先も絶対に変わることはない!」
アンレイは必死に私への愛を訴えてくる。
…でも彼女を望んだ…のよね?
『ああ、本当だ』と言う彼の言葉が胸に突き刺さって抜けない。
誤魔化して欲しくないと思っていた。
……でも今は、嘘でもいいから否定して欲しいと願ってしまう。
――矛盾している。
でもそれが偽りのない今の気持ちだった。
「アンレイ、これは政略よね…?」
きっと彼女自身を望んだわけではない、彼女の実家を後ろ盾として望んだのだ。
事実シャンナアンナは公爵家の縁戚だったが、彼と婚姻を結ぶ前に正式に養女となり公爵令嬢として嫁いでいる。
きっとそう……。
アンレイ、頷いて。
それだけでいいから、今だけは信じるから…。
信じさせて、………お願い。
一縷の望みを捨て切れなかった。
帰国したばかりの王妃である私を周囲の者は丁重にもてなしてくれているけれど、…孤独だった。
私が心を許し頼れるのは、夫である彼だけ。
だから今だけは彼の言葉を信じたい。それがどんなに真実から掛け離れていたとしても…。
クローナの前では強がっていたけれど、やはりアンレイに縋りたかった。
彼の前だけでは王妃ではなく私に戻りかった。
――三年前のように…。
「…‥彼女とは政略でない」
短い言葉だったが十分過ぎる返事だった。
私は唇を噛みしめて漏れ出そうになる嗚咽を封じる。
「シャンナアンナを愛していたからなの……」
……聞きたくない、でも聞かなくてはいけない。
目を背け続けることは出来ないから。
「…そうだと思ってくれていい。私のことを恨んでも構わない。だが私の気持ちは疑わないで欲しい、三年前も今も変わっていない」
告げられたのは残酷な言葉。
この現実を前にしてそれを信じろというの…。
側妃の存在と彼の言葉、そのすべてが『変わっていない』という言葉を否定してくる。
私は静かに首を横に振る。
「アンレイ、そんなことは無理――」
「もうこの話はやめよう!王妃には側妃に関しての権限はない。これ以上側妃のことに口を出したら周囲から越権行為だと言われてしまうのは王妃である君だ。…君を苦しい立場に追い込みたくない」
私の言葉は彼によって遮られてしまう。
国王である彼にこう言われたら、もう王妃である私には何も言えない。
「……分かったわ。気遣ってくれてありがとう、アンレイ」
私が紡いだのは彼が求めているであろう言葉だった。
もう彼に縋れはしない。
あなたは私ではなく、王妃を望むのね…。
立派な国王に相応しい王妃を彼は愛しているのだ。
だから私は彼の目を真っ直ぐに見ながら優しく微笑んでみせる。
あなたが求めている私になれているかしら…。
「ジュンリヤ、分かってくれてありがとう。さあ、座ってお茶でも飲みながら話をしよう」
「ええ、そうね」
彼の表情を見れば分かる、私が出した答えは正解だった。
アンレイに勧められるまま私は彼の隣に座りお茶を手に取る。
彼はとても幸せそうに笑っている。三年間の空白期間を埋めるかのように、次から次へと私が不在だった間の出来事を話している、…一方的に。
私には分からない話ばかりで、曖昧に相槌を打ちながら頷くしかなかった。
アンレイは私から責める言葉が出なかったので終わったと思っているのだろう。
私が側妃の存在を認めてくれたと安堵している。
ふっ、三年前とこんなに違うのにね……。
私達はこんなふうではなかった。互いを尊重し分かりあえていたはずだったのに…。
もう彼の考えが分からない。
彼も私の気持ちを分かってはいない。
私が作り笑いをしていることに、アンレイが気づくことは最後までなかった。
そして私は揺らぐことはないと思っていた彼への想いが、心のなかで変化しているのに気づいてしまった。