55.秘かに見守っている者達②〜隣国の騎士視点〜
ジュンリヤ様は明らかにランダ殿下にお尋ねになっているのに、答えたのはレザム様だった。
「些細なことだ。気にする必要はない、ジュンリヤ」
レザム様はジュンリヤ様の前に立ち、彼女の視界からランダ殿下を閉め出す。
もともと有言実行の方だが、こんなところでその能力を発揮しないで頂きたい。
それに些細なことではありません。
…それどころか大問題です。
私はまた心のなかで秘かに反論する。
「いや、お前は気にしろ。レザム」
この場で正しいことを言うことが可能なランダ殿下にみなの期待が集まる。
もっと言ってください、ランダ殿下!
何かあったら私が骨を拾います。
「さあ、二人だけで話そう。ジュンリヤ、話したいことがあるんだろ?」
「ええ、そうだけど…」
レザム様に話し掛けるランダ殿下、ジュンリヤ様しか目に入らないレザム様、そして戸惑っているジュンリヤ様。
全く会話が噛み合っていない。
レザム様はランダ殿下を完全に無視して彼女を連れて歩いていく。もちろん誰も止めやしない。恋の成就を応援する気持ち半分と命を大切にしたい気持ちが半分だろう。
ちなみに私は妻子がいるから前者二割で後者が八割だ。
「レザ、ランダ殿下のお話がまだ途中だわ」
「…もう終わった。何も聞こえない」
――絶対に終わっていない。
その証拠に『おいおい、無視なのかっ!』とランダ殿下が叫んでいるではないか。
この場にいて聞こえていないのはレザム様だけ。
便利な耳をお持ちですね…。
「あんな男のことは気にしないで欲しい」
「えっ、でも……」
我が国の次期国王をあんな男呼ばわりとは…。
私が声を掛けたらきっと虫けら扱いされるのだろう。
何があっても邪魔はしないと心に誓ったのはきっと私だけではない。ランダ殿下以外は全員そう思っているに決まっている。
そのままレザム様はジュンリヤ様を連れて空いている部屋に入っていく。もちろん扉を少し開けたままにしているし、外には数名の騎士達を待機させている。
どうやらジュンリヤ様が嫌がるだろうことを避けるだけの判断能力はまだあるようだ。
「どうやら上手く行きそうだな…」
レザム様の後ろ姿にそう呟いたのはランダ殿下だった。失礼すぎる態度を気にすることなく、嬉しそうに笑っている。
あの異常っぷりを微笑ましいと思えるのは、同じ感覚を持つ王族同士だからだろう。
私には理解し難い…。
――でも心から応援はしている。
「レザム様の恋が叶うとよろしいですね」
「そうだな。もし叶わなければあいつは一生独り身だからな…」
ランダ殿下とそんな会話を交わしていると、誰かがレザム様の想いが叶うかどうか賭けようと言い出す。
勿論ランダ殿下も快諾する。
王族達は基本気さくで最低限の礼儀さえ守っていたら、我々とも普通に接する。
だからこそ尊敬されるだけでなくこんなにも慕われているのだ。
「私はレザム様の想いが通じるほうに賭けます!」
「私も叶うほうにっ!」
「もちろん俺もだ!」
誰一人叶わないほうに賭けてこない。
みな心から願っているのだ、お二人がともに歩む未来を…。
まだ賭けていないランダ殿下に注目が集まる。
「これでは賭けは成立しないな。…仕方がない、私は叶わないに賭けるとしよう」
ランダ殿下の言葉にみなから歓声が上がる。つまりこの賭けは我々の勝ちだと信じているからだ。
皆が盛り上がっているのを横目にランダ殿下が私に声を掛けてくる。
「帰国後すぐにいつもの店を貸し切りにしておいてくれ」
「店には酒の用意をどれくらいお願いしますか?」
「この人数で、みなザルだからな…。王都中の酒をかき集めるように伝えてくれ」
「承知いたしました、ランダ殿下」
ランダ殿下は自分が賭けに負けることを確信している。だから賭けに勝つことになる我々に酒を奢る手配を私に命じたのだ。
――気が早いとは思わない。
レザム様ならきっと帰路の途中でジュンリヤ様の心を掴むはずだ。
「決してレザムの良いところを直接彼女に告げるようなことはするなよ」
「狡いことは致しません」
一応は賭けなのだから、ルールは守るつもりだ。
「狡い?はっはは、そうじゃない。勝手に彼女に話しかけたら殺されるぞって意味だ」
「ご冗談ですよね…?」
「いや、本気だ。私にも覚えがある」
楽しそうに言ってくるランダ殿下。
どうやら同じ感覚の持ち主だからこそ、レザム様の思考が手に取る様に読めるらしい。
――全く笑えません…。
我が国の王族が化け物級なのはその統率力と行動力だけではなかったようだ。
恋する相手への想いも常軌を逸している。
だがなぜか応援したくなる。
完璧なレザム様もいいが、こんな不器用で空回りしそうな彼もいい。
私はレザム様とジュンリヤ様が話している間に『命が惜しかったら、レザム様の了承を得てから彼女に話し掛けるように』と視察団の面々に告げて回った。
…不慮の事故が起こらないようにするために。