54.秘かに見守っている者達①〜隣国の騎士視点〜
この国の王妃ジュンリヤ様を連れて広間を出るレザム様は平静を装っているが我慢の限界だったようだ。
視察団と共に広間から出て、近くには我々しかいない状況になるとすぐに口を開いた。
「ジュンリヤ、事前に相談をせずにすまなかった。どうなっているのかと不安に思っているだろ?まずは説明をさせて欲しい。ちゃんと理由があるんだ。だが君の意見も聞かずに勝手に進めて本当にすまないっ」
焦ったように早口でそう言うレザム様。
私は騎士になってからずっと彼にお仕えしているが、こんなふうに慌てるところは初めて見た。
…正直驚いている。
どんな時も冷静沈着に行動する人だと思っていたが、例外もあるようだ。
「助けてくれてありがとう、レザ。私も話したいことがあるわ」
「そうか!ではすぐに二人だけで話そう」
ジュンリヤ様が穏やかにそう言ってくれて本当に良かった。
もし広間でのレザム様の行動に不信感を顕にしていたら、きっと彼は土下座していたかもしれない。
それぐらい切羽詰まった顔をしていたのだ。
と言っても王族なので表情を上手く操れる人だから傍から見たら分からない。
微妙な眉の上がり具合で彼の感情の変化を判断できるのは数人しかおらず、私もその一人に入っているのは秘かな自慢だ。
見つめ合う形となったお二人を遠巻きにしている視察団の面々。
近づくなんてとてもじゃないが怖くて出来ない。
なぜなら私達は全員レザム様のお気持ちを知っているからだ。
今回の件は視察団の任務との関係もあって、事前に我々にも知らされていた。
だがその情報でお気持ちを知ったわけではない。
――この国の王族は自分の想いを隠さない。
いや、本人達は隠しているつもりなんだろうが、見事にダダ漏れしている。一応礼儀として気づかないふりをするのが臣下達の習わしだ。
これが結構大変なんだ…。
だからレザム様から『今回は個人的なことで迷惑を掛ける』と事前に謝られた時、みな初めて知りましたという感じで驚いたふりをしておいた。
これは一回で終わるから気は楽だ。
レザム様からは迷惑なんて一切掛けられてはいない。個人的な件では殆どお一人動いていたからだ。
この国の王族は愛を知って強くなると言われている。
愛を成就させる為に己を高め、その結果有り余った力を国の為に惜しみなく注いでくれる。
――だから我が国の王族達は尊敬されている。
三年前レザム様が恋に落ちた相手が人質として送られてきた王妃だと知った時は『この女狐がっ!』と憤慨していた。
だが監視しながら彼女の人柄を知るうちにそんな思いは消え失せた。
侮蔑の視線に怯まずいつも顔を上げていた。屋敷内で働いている使用人がどんなに無愛想でも感謝の言葉を欠かさなかった。それに監視の騎士の様子がいつもと違うと『大丈夫ですか?』と必ず声を掛けてくる。
その言葉は無視されると分かっているのにだ…。
卑屈になったりしない、決して傲慢でもない。
人の気持ちが分かる聡明な女性だった。
立場上みんな敵国の王妃とは三年間距離を置いたままだったが、彼女を近くで見ていた者達の意見は一致していた。
――『レザム様は見る目がある』と。
残念ながらこの恋は成就しないと思っていた。なぜなら相手は他国の王妃だからだ。
しかし運命の女神はレザム様にチャンスを与えてくださった。
今回の視察では秘かにみなでレザム様の恋を応援している。
…と言っても特に何もしていない。
どうやらジュンリヤ様に関わることは出来る限り自分でやりたいらしい。
『なにかお手伝いすることはございますか?』
『ない。いや、ある。ジュンリヤの視界に入らないように努力しろ』
『…それは深い意味がありますか?』
念のため尋ねておいた。
『ない。私だけを見ていて欲しいだけだ』
『……努力します』
こんな会話をしたことは忘れられない。
どんだけ独占欲が強いんですか…。
だから今もジュンリヤ様と見つめ合うレザム様には絶対に声を掛けたくない。
――命は惜しい…。
それは視察団の面々の一致した思いだった。
「早々にこの国から出立したいが、誰かさんのせいで私はやらなければならないことがある。だからその間二人だけで話すといい」
そんな二人に果敢に声を掛けたのはランダ殿下だった。
――勇者に見える。
確かに彼ならば命は守られる、…たぶん。
もし守られなかったら帰国途中で不慮の事故が起こったことになるのだろう。
――そしたら死者になる。
ちなみに誰かさんとは勿論レザム様のことだ。
だがそのことをジュンリヤ様だけが知らなかった。
「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません、ランダ殿下」
申し訳なさそうな表情で謝るジュンリヤ様。
いいえ、違います。
迷惑を掛けた張本人は貴女の前にいる人です。
会話に入る勇気がない私は心のなかで否定する。
「ジュンリヤは迷惑なんかじゃない」
「そうだ、迷惑を掛けたのはレザムだ。こいつが壊しまくった備品類の価値をこれから査定し弁償手続きをしなければならない」
最初の言葉はレザム様で、事実をありのままに告げたのはランダ殿下だ。
「あの…、何があったのですか?」
ジュンリヤ様が驚いてそう尋ねるのも当然だった。
他国に来て備品を壊しまくる人は、後にも先にもレザム様だけだろう。