49.法で裁けぬ者達①
この場にいてなおかつ、それなりの立場にあり自身に落ち度がないのは表面上は側妃だけ。
私を見る周囲の視線にもう侮蔑はない。
けれどもそれは前に戻ったというだけで、側妃のほうがより信頼されているのは変わらない。
レザは助けると言ってくれた。
――信じている。
彼は適当なことを言わないし、言ったことは必ず守る人だ。でもこれからどうするのか予想がつかない。
シャンナアンナは微動だにしない。
アンレイを見つめているのかと思っていたらそうではなかった、その先を見ている。
そこにいるのはランダ第一王子とレザの二人。
シャンナアンナ、いったい何を考えてるの…。
彼女の表情は私から見えないから分からない。
「さあ、これでこの国は十分な判断材料を手に入れることが出来た。正しい選択することが出来ると期待している」
「ランダ殿下、期待を裏切らないように努力致します」
本来ならアンレイか宰相が返事をするべきだ。
でも彼らはそれが出来る状況ではないし、高位貴族も殆ど同じ。だから普段は存在感がないが今回は名が出なかった侯爵が緊張した面持ちで答えた。
「具体的にどうするか案を聞きたいが、そなたは答えられるか?」
隣国の次期国王からそう問われて、この状況で分かりませんは通用しない。
だから侯爵はこの場での唯一頼りになる側妃に目を向ける。
「側妃様はこの三年間この国の為に尽くしておりました。それはこれからも変わりません。だから不正に関与していなかった者達が側妃様を支えて正しい行いをします。不正をした者は厳しく処罰し、今回先走ってしまった者達は己の過ちを反省したのち挽回できる機会を与えられればと思っております」
侯爵が口にしたのは当たり障りのない答え。でもこの状況でちゃんと答えられただけでも立派とも言える。
隣国は実力主義の国だから連座という概念はない。だからこの答えは間違ってもいない。
「側妃を支えながらか…。まあその選択は妥当だな」
「お褒めの言葉有り難うございます!!」
侯爵と第一王子のやり取りでみなの視線が側妃に集まる。そこには期待と尊敬だけがある。
だがシャンナアンナはみなの眼差しに気づいていない。爪が食い込むほどきつく手を握りしめている。
怯えているの…?
――彼女の考えが分からない。
「困難を乗り越え前向きになるのは良いことだ。そう言えばまだ出していない情報があったはずだが…」
「はい、ございます。ですが法で裁ける不正ではありませんので、彼らには必要ないものかと…」
勿体ぶったレザの態度に侯爵が食いつく。
「それでも構いません。法で裁けななくても適切でない者を野放しにしたくはありませんから、その情報もぜひ頂きたい!」
側妃の体が一瞬ビクッと震えた。
これだったのだ、側妃が怯えていた理由は。
彼女は愚かでもあるが、ある意味賢い。だから隣国側の情報収集能力を危惧してランダ第一王子とレザから目を離せなかった。
――シャンナアンナが恐れていたのは法で裁けぬ行いが白日の下に晒されること。
まさかレザ達がそこまで把握しているとは思っていなかったし、今ここでそれを持ち出すとは考えてもいなかった。
「ではどうぞ。これを読んでも先程の決意が揺らがないといいのですが…」
レザの思わせぶりな言葉に侯爵は怪訝な表情をしながらも、新たな紙の束を受け取りその中身を確認していく。
そしてその表情は憤怒へと変わっていった。
「側妃様、これはどういうことですか!」
周囲の者達は我先にと紙の束を奪い合うように回し読み、広間にはざわめきが広がっていく。
『まさか側妃様が…』
『裏でこんな事をしていたなんて…』
『王妃様を貶めていたなんて汚すぎるっ』
一瞬で側妃へ向ける眼差しが変わる。
そこにあるのは侮蔑、怒り、憎しみだけ。
そして私を見る目も変化する。
戸惑いを残しつつも、掌を返すように今度は潔白だった王妃に縋ってくる。
どうやら私が三年間人質としてこの国の為に尽くしていたことを急に思い出し、よそよそしい態度を取っていたことは忘れてしまったらしい。
――本当に人は勝手だ。
みな側妃を遠巻きにしながら睨んでいる。そこには妄信的に側妃を慕っていたあのエリの姿もあった。
でも側妃はただじっと耐えている。
しかしアンレイが『なぜだ、アンナ。私のことを愛していたからか…』と呆然としながら呟いた瞬間、彼女は感情を爆発させる。
「…愛しているわけがない。私はずっと耐えて頑張ってきた。それなのにあなたは無神経な言葉を投げつけた。あれだけは私に言ってはいけなかったのよ!」
側妃の悲痛な叫びに周りは静まり返った。
言った本人にとっては些細な言葉でも、相手の心を抉ることはある。アンレイは側妃が大切にしていたものを踏みにじって、…たぶん気づかなかった。
側妃は感情のままに話し続ける。
「だからあなたが心から大切に思っている人を傷つけたの、あなたが憎いから!私は王妃様を傷つけたかったんじゃない、アンレイを傷つけたかっただけ…」
アンレイとシャンナアンナの間に何があったかは知らないけれど、聞くつもりもない。
彼らには二人の二年間があった。
もしそれを私に告げるべきだったとしてもそれは今ではなく、もっと前だったはずだ。
「もしそれが本当でも貴女は私を貶めるのではなく、彼にそう告げるべきだったわ」
――今、私が言えるのはそれだけ。
最初に彼女が苦しい胸の内を打ち明けてくれたなら何かしてあげられたかもしれない。でも後から告げられても、それは自分を正当化しようとしているようにしか思えない。
アンレイは自分が側妃から憎まれているなんて微塵も気づいていなかったようで『…‥そんなつもりはなかった』と憔悴しきっている。
――彼に掛ける言葉はない。
広間のざわめきはますます酷くなっていく。
人々は『王政の廃止か?』『隣国の属国になるのが一番いい』『いや我々にはまだ王妃様がいる』とか口々に勝手なことを囁き合っている。
そのうちこの状況に痺れを切らしたのか、ランダ第一王子に向かって声を上げる者達が現れた。
「ランダ殿下、どうかこの国を属国にしてください!我々は隣国に従います」
「この国をどうが正しい方向にお導きください、ランダ殿下!」
「王政を廃止しろと言うならそれでも構いません。ご指示に従います、ランダ殿下」
その叫びは腐敗した上の者達に巻き込まれて破滅したくないという思いからだろうか、必死そのものだった。
「黙れ、愚者共がっ!」
威圧が込められた怒声に一瞬で場が固まる。
だがそれを発したのはランダ第一王子ではなくレザだった。