44.それぞれの想い
「ランダとは従兄弟だが、互いにそれ以上の関係だと思っている。つまり尻拭いを喜んでする仲だな」
「……仲が良いのね」
そう答えたもののどんな仲なのかは分からない。とりあえず今は聞き流すことにする。
でも彼が自由に動いていたり次期国王とあんなに距離が近かったのはこの説明で納得がいった。
「俺は今回は視察団の一員としてここに来た。それは完全に王族としての公務だ。だが事前に上には話をつけているから、個人的な行動は認められている。それに公務の妨害をしない範囲であれば、俺自身に関することの判断はすべて委ねられている。つまり勝手にしろという感じだな」
彼が言う上とは隣国の国王のことで、個人的な行動とはまさに私に対することを指しているのだろう。
彼は未婚の王族で、私は他国の王妃。彼の行動が歓迎されているとは到底思えなかった。
彼は私が思っていることを察して先回りして答えてくれる。
「裏はない。母国の王族の結婚に対する考え方は他国とは少しだけ異なる。王族は己の想いに忠実に行動するんだ。そこに妥協も打算も一切ない。……少しだけ変わっているが、これは王族の伝統みたいなものだ。この考えは受け入れがたいか…?」
レザが恐る恐るといった感じで私に聞いてくる。
確かに驚いている。殆どの国では王族はもとより貴族の間でも個人的な事情よりも政略を優先するほうが多い。
でもそんなふうに行動出来るのは羨ましい。
「とても素敵だと思うわ」
「そうか、良かった!ありがとう、ジュンリヤ」
私は当たり前のことを伝えただけなのに、なぜかレザは喜びを顕にしている。
それから彼は『これからのことだが…』と話を続ける。
「明日は我が国のやり方で対処をする予定だ。視察団の仕事も絡んでいるから、この国の王妃には前もって伝えることは出来ない。すまない、ジュンリヤ。君の不安を取り除いてあげられなくて」
「それは当然だわ。私は大丈夫だから気にしないで、レザ」
レザの判断は正しい。公私混同しないのは当然で、それを不快には思わない。
それに不安ならもう取り除いて貰っている。
「最善だと思う方法で俺は君を助ける。ジュンリヤが守りたい人達の未来もだ。その人達の意思を確認する時間はないが、ちゃんと守られるようにする。――だから俺を信じて欲しい」
具体的なことは何も言っていない。
でも彼の言葉だから信じられる。
「信じているわ、レザ」
「ああ、俺に任せろ。これでもかなり出来る男なんだ。まあ変人だけどな、くっくく」
「確かにそうかも。あのお茶を飲めるのだから」
緊張感を感じさせない会話。
本当に不安なんてもうどこにもない。
レザは部屋を出ていこうとする前に私が残したお茶を手に取り、『勿体ないから、もらうぞ』と言って一気に飲み干す。
「美味かった、…ゴホッ、また淹れてくれっ…」
「無理しなくてもいいのに…」
「してない。本当に好きなん…ッゴホ…だ」
どう見ても痩せ我慢しているようにしか見えない。
でもむせながらも彼はとても嬉しそう笑いながら、また静かに暗闇へと消えていった。
しばらく経っても外は静まり返っているから、無事に離宮から離れることが出来たのだろう。
明日はどんな事が起こるか想像もつかない。でもレザを信じているから凛として前を向いている自分は想像できた。
◇ ◇ ◇
~レザ視点~
トンッ…。
ランダの部屋の扉を静かに叩いてから勝手になかに入ると、酷い惨状だった部屋が少しはましになっていた。床に散らばっていた破片や家具の残骸が一箇所に纏められている。
「ランダは片付けが上手なんだな…」
感心してそう言うとランダは舌打ちして睨んでくる。
「誰のせいで私が夜中にこんな事をやっていると思っているんだっ!レザム、お前だよ、お前!少しは手伝え。そしてそのにやけた顔をどうにかしろ」
自分がにやけているか鏡で確認しようにも、この部屋の鏡は粉々になってしまったから確認のしようがない。だが最高に幸せを感じているから、ランダの指摘はあっているに違いない。
俺はランダから押し付けられるように渡された箒でまだ残っている何かの破片を集め始める。
ザッ、ザザ…ザ。
ザッザザ…。
真夜中に男二人で黙々と掃除する。決して楽しいとは思えない作業だがなぜか苦痛ではない。
「こういう作業は初めてだが、なかなかいいもんだな」
素直に思ったことをランダに告げるとまた睨まれる。
「そう思っているのはお前だけだ!まあいい、上手くいったようで良かったな」
「お陰様でジュンリヤから欲しい言葉をもらえた」
「おめでとう。一応確認するが、引かれなかっただろうな?」
実はランダから最初から王族特有の感覚を前面に出すと引かれると忠告されていた。
だからその部分については細心の注意を払っていた。
「大丈夫だ、重すぎる愛はまだ見せなかった。でも騙すような真似はしたくなかったから、少しだけ変わっていると遠回しな表現で伝えたが、彼女は素敵だと言ってくれた」
「なかなかいい出だしだな。ところで自分のことも言い過ぎなかったよな?」
「もちろんだ、途中で止められたから大人しく引き下がった」
俺の言葉にランダの顔色が変わる。
「……止められた?それはまずい。私は嬉しくて最初に身分、身長、体重、それに彼女に絡めて好きなものや嫌いなものを告げ、そのうえ出来る男だとアピールした。その結果引かれた」
今度は俺の顔色が変わる番だった。
嬉しくてつい言ってしまった…。
彼が今は伴侶となった女性から『ちょっとあぶない奴』と認識され最初は避けられていたことは知っている。
だがそんな理由だったとは知らなかった。
ランダ自身に問題があるんだと思っていた。
…まさか出来る男アピールも駄目だったなんて。
「くそっ!最初に言ってくれ…」
「すまない、叔父上から聞いていると思っていた」
――まさに天国から地獄。
最高に幸せだったのに一気に落ち込んでしまう。
「…俺の父上も同じだったのか?」
「そうだと聞いている。ちなみに私の父上もだ」
王族に繰り返されるなら、これはまさに呪い。
――絶対に乗り越えてみせる。
それにジュンリヤは引いてはいなかった。引いていなかったはずだ、…たぶん。
いや、止めたということは引いていたのか…。
このあとランダの部屋がまた元の惨状に戻るのに、さほど時間は掛からなかった。