42.深夜の告白②
差し伸べられた手を取れば、きっと私の置かれた状況は変わると思う。
隣国側が真犯人を知っているのかは分からないけれど、調査の結果が真実ではないと判断しているはず。
だからこそレザはここにいるし、ランダ第一王子も彼の行動を黙認しているのだろう。
でもその手を取ることは出来ない。
出来ないのよ、レザ。
それでは終わらないの…。
「これは私だけの問題ではないわ。だからあなたの助けは必要ないの」
今回のことで思い知った。私はこの国にとって王妃という使い捨てに出来る便利な駒に過ぎないのだということを。
レザの協力を得て今回は冤罪を晴らせたとしてもそれで終わりではない。
この国の王妃は死を迎えるその日まで王妃であることやめられない。
だからまたこんな状況の時には使われるだろう。この国の貴族達が便利な駒を捨て置くわけがない。
ではその時がまた来た時はどうするのか。
親切な誰かが助けてくれる…?
――そんなに都合が良いことばかりではない。
弟だけ連れて逃げることも一瞬だけ考えた。
でもそれでは伯爵家に仕えてくれている使用人達やクローナや彼女の家族はどうなるか。知らなかったでは済まされない。
――全員を守る力は私にはない。
今だけを乗り切っても何も解決はしない。
いろいろ考えたけれど、辿り着く答えは同じ。
私が王妃でいる限りノアは、王妃の弟。守りたいのに私があの子を苦しめる存在になる。
……もう疲れた。
今回レザに助けてもらってもこの運命からは逃れられない。
それに彼の想いを知った今、それを利用する真似はしたくない。レザの想いが本物だからこそ出来ない。
――私はレザを愛してはいない。
王妃の微笑みを浮かべ彼に話し掛ける。
「ありがとう。でも私は王妃として終わろうと思っているわ」
「アンレイにまだ情が残っているから、その道を選ぶのか…」
偽りは言葉にしない、誠実に想いを伝えてくれた彼に応えたいから。
「それはないわ。かつて抱いていた想いはもう消えたから。でも私には守りたいものがあるから逃げるわけにはいかない」
「ジュンリヤが守りたいものは弟、それにあの口煩い侍女か…」
「それに実家に昔から仕えてくれた使用人達もよ。みんな大切な人達なの」
レザはすべてを把握しているようだ。
それなら私が彼の手を取ったら起こるだろう未来も予測しているだろう。
「自分一人が犠牲になって終わらせるか…。国王や貴族達は王妃の犠牲をすぐに忘れ、その後の人生を謳歌するだろうな。だが君が守りたい者達は悲しみを抱えて残りの人生を生きていく。つまりは君がやろうとしていることは自己満足に過ぎない」
「……自己満足でも構わないわ」
――彼は正しい。
でも無力な私にはこの道しか選べないのだから仕方がない。
レザは唇を噛みしめるている私を見つめながら淡々と話を続ける。
「ノアは姉思いだ、それに馬鹿ではない。いつか襲撃事件を独自に調べ真実に辿り着くかもしれない。そして野放しになっている犯人にそれを悟られたら殺され――」
「レザ、やめて!どうしてそんな酷いことを言うの…」
やめて、お願い…やめ…て…。
――彼は正しい。
だからこそ聞きたくなかった。
「俺は可能性の話をしただけだ。それも起こる可能性が一番高いで――」
バッシーンッ……。
私は身を乗り出し手を振り上げ、レザの右頬を打った。王妃の仮面なんていつの間にか消えていた。
「そんな話をしてどうしたいのっ?あなたの手を取らない馬鹿な女を苦しめたい?そんな必要はないわ、だってもうすでに……苦し、…怖い」
「何が辛い?どうして怖い?」
感情を抑えることが出来ずに、最後の方は言葉になっていない。
彼は頬を打たれたことを気にする素振りも見せず、問いかけてくる。
「私はあの子を守りたいだけ、でもその力が無い。帰国してから必死に頑張ってきたけれど、不甲斐ないままなのが辛い。それに私はレザの言う可能性から目を背けていたの。もしそうなったらと考えたら怖くて…堪らない。私がノアを傷つけてしまうなんて…」
必死に隠していた弱い自分をなぜか曝け出せた。
いいえ違う、彼が悪者を演じたから秘めていた思いをぶつけられたのだ。
なぜ頬が濡れているの……。
私は涙を流していた。そして涙は温かいものだったことを思い出す。
――そんな当たり前のことも忘れていた。
「ジュンリヤ、もう我慢するな。俺が受け止めるからすべて吐き出せ」
「ノアをずっと見守っていたい、クローナとまたお喋りがしたい。お茶を上手に淹れてみたいし、レザとくだらないことを話して笑いたい。……死にたくない、もっと生き…たい」
彼の言葉によって私の心から最後の枷が消える。
みっともなく足掻く私を彼は厭うことなく受け止めてくれている。
「ジュンリヤ、俺は君を助けたい」
――縋りたい、でも彼の想いを利用したくはない。
「…私はなにも返せ…な…い」
「君は弟を守ろうとしているが、見返りを求めているのか?」
――違う、ただ守りたいだけ。
ただ首を横に振るだけだったけれど、それでも彼には私の思いが伝わっていた。
「俺も同じだ、見返りなんていらない。助けたいそれだけだ」
「………」
彼の想いは純粋で汚れがない。だからこそ巻き込みたくなくて何も言えなかった。
彼に対して愛はなくとも、傷ついて欲しくないと思う気持ちは嘘ではない。
「俺のことが信じられないか……」
「そんなことないわ!」
全力で否定するのは、誤解されたくないから。
「俺は傷つかない。君を守る強さがあるからここにいる。だから心配するな、人の心配ばかりしなくていいんだ。今だけは自分のことを考えてくれ。そしてたった一言でいい、言ってくれ。…頼む、ジュンリヤ」
震えている彼の声を初めて聞いた。それなのに彼からは包み込むような強さしか感じない。
「……たす…けて」
「もう大丈夫だ。何も心配はいらない」
――言えた…。
三年間ずっと誰にも言えなかった言葉。
でも彼には言えた。私と向き合ってくれる彼だから助け求める言葉を口に出来た。