41.深夜の告白①
「ごめんなさい、レザ」
「ゴッホ、ゴッ…。いや問題ない、なかなか個性的だが美味かった」
やはり腕は上がっていなかったようだ。
実はあれから淹れる練習をしたことはあった。でも『人には向き不向きがあります。ジュンリヤ様、お茶の葉は大切にしましょう』とクローナによってお茶の葉を仕舞われてしまったのだ。
でもレザはこんな状況なのに疑うことなく飲んでくれ、無理して美味しいとも言ってくれた。
私だったら一口しか飲まないわ…。
というか飲めない。今も自分が淹れたのに少し口をつけてから飲むのを諦めた。
彼の目的がなんだろうと構わない。
彼がいることで残り僅かな時間が楽しい思い出へと変わっていく。
――感謝してもし切れない。
「…ありがとう」
素直にこの言葉を言える幸せを噛みしめる。
「のどが渇いた時はまた頼むから淹れてくれ、王妃」
「レザは変わった味が好きなのね。自分でも淹れたりするの?」
『また…』と言われたけれどそこには触れなかった。…守れない約束はしたくない。だからさり気なく話題を変えた。
「いいや淹れない。それに俺は変わった味が好きなんじゃない、君が淹れたお茶だから好きなんだ、ジュンリヤ」
「えっ……」
初めてだった、彼に名前で呼ばれたのは。
彼の雰囲気がガラリと変わり、さっきまであった巫山戯た感じが消えている。
そのせいだろうか、まるで彼が私に告白しているように聞こえてしまった。
――……そんなはずはない。
きっとからかっているのだ、もちろん良い意味で。
私を待ち受けている運命を知って、少しでも気を紛らさせようとしてくれている。
彼はいつもさり気なく気遣ってくれる人だから。
きっとそう、それしか考えられないわ…。
そう思っているのにあまりに真剣な表情で見つめてくる彼に、…何も言えなくなった。
――心の中にあるのは驚きと戸惑いだけ。
彼はそんな私を見て困ったような顔をしながらも優しく微笑んでくる。
まるで愛しいと言わんばかりに…。
「ジュンリヤ、少しだけ昔話をしてもいいか?聞いてもらいたいことがあるんだ」
「……いいわ、レザ」
私がそう言うと彼は今まで聞いたことがない甘い声音で話し始めた。
「三年前初めて君を見た時、なんとも思わなかった。強いて言えば可哀想な女だなと思っただけで関わり合いになる気はなかった。ある日たまたま体調不良で休んだ騎士の代わりに見張りに行けと言われ、なんで俺がと文句を言いながら渋々見張りについた。覚えているか、一人の騎士に暴言を吐かれた日のことを?」
「ええ、覚えているわ。でもあれはレザではなかった」
もちろん今でもはっきりと覚えている。それにあの時近くにはあの騎士以外いなかったはずだ。
「実はあの時俺は少し離れたところにいたが、助けようとは思わなかった。あの騎士の言動については後で厳正に対処するつもりだった、我が国の騎士だからな。だが敵国の王妃とその侍女には全く関心がなかった、すまない…」
「謝らないで、レザ」
彼は頭を下げようとしたが、私は止めた。
三年前は隣国の人達から向けられる敵意は凄かった。すぐに戦争は終わったとはいえ、先王の一方的な愚行で隣国にも負傷者は出たのだから当然だった。
だからあの騎士だって暴言を吐いたのだろう。
それに比べたら無関心のほうが有り難く、彼は大人の対応をしただけだ。
「怯えるか泣き叫ぶかと思いながら眺めていた。だがあの侍女を守るために君は前に出た、王妃なのに。凛としたその態度から目が離せなかった。その日を境に休日には自ら志願して見張りにつくようになった。君に会いたかったからだ。そしてもっと知りたくなって、話し掛けるようになった。初めて話せた日は嬉し過ぎて実は眠れなかったんだ。はっはは、子供みたいだろ?」
衝撃の告白にただ頷くことしか出来なかった。
彼は熱い眼差しを私に向けたまま言葉を続ける。
「気づけばどうしようもくらいジュンリヤに惹かれている自分がいた。こんな感情を抱いたのは生まれて初めてだった。気づかなかっただろ?」
溢れんばかりの想いを真っ直ぐな言葉で伝えてくるレザ。
――どんな顔をしたらいいのか分からない。
あの頃は私は人質で、彼は見張りの騎士で、毎日必死でただそれだけだった。
気づく余裕はなかったし、…それに私はあの頃母国に愛する人がいた。
「……気がつかなかったわ」
「気づかなくて当然だ、必死に隠していたんだから。ただ俺とのくだらない会話で笑ってくれるだけで良かった。もしあの頃、俺の気持ちを知ったらあの会話だって楽しめなくなっただろ?俺は君にただ笑っていて欲しかった」
確かに彼との会話に私は救われていた。
彼と話すことで自然と笑顔になれたのも余計なことを考えずにいられたから。
「幸せでいて欲しいとただそれだけを願った。だから何も告げずに見送ったんだ、君の気持ちがどこにあるか分かっていたから。俺とではなくとも、君が幸せならそれでいいと思っていたよ。まさかこんな仕打ちが待っているとは想像していなかった…」
そう言うレザの目には激しい怒りが宿っていた。
「ありがとう、レザ」
…私の代わりに怒ってくれて。
その気持ちだけで十分だった。
「明日この国は襲撃事件の首謀者として王妃を差し出してくる」
――知っている。
「話は宰相から聞いているわ」
微笑みながら頷いてみせた。こんな時だけど王妃らしく振る舞ってしまう。
それにもう覚悟はできている。
「ジュンリヤ、俺は君を助けたい」
そう言うレザは本気だった。
もしかしたら彼にはその力と身分があるのかしれない。
ランダ第一王子と親しい仲にあり、かつ今もここまで入り込める立場を持っているのを考えれば、きっとそうなのだろう。
それに彼は巫山戯たことを言って和ませることはあっても、いい加減なことを口にする人ではない。