38.怒気②〜レザ視点〜
俺がランダに渡した物はこの国の奴らが作成した襲撃事件についての報告書だ。
――もちろん本物ではない。
だがそれは俺達の国から潜り込ませている間諜が一字一句そのまま書き写したもので、手は一切加えてはいない。
つまり明日はこれと同じものが俺達に渡されることになっている。
「少し待ってくれ」
ランダはそう言うと同時にパラパラと紙をめくっていく。もちろん適当に流しているわけではない、しっかりと内容を確認している。
――適当なことはしない。
あまりの内容に途中で堪えきれなくなったのだろう『ここまでとは想像以上だな』と嘲るような声音で呟いている。
今回の視察の目的は我が国に害をなそうと計画している奴らを叩き潰すこと。
自由に泳がせていたが、間諜によってその動きはすべて把握していた。
我が国の間諜はどこの国にも常に潜り込ませている。どこにどれだけの間諜がいるかは極一部の者しか知らない。
だからこそ秘密が保たれ、怪しまれることなく彼らが自由に動けるのだ。
今回も間諜の働きは素晴らしかったが、彼らになにか仕掛けるように命じてはいない。
――命じたのは情報収集のみ。
そして視察団がやったことはわざとすきを見せ、いつ襲われても計画通りに対処できるように油断せずにいただけ。
計画が漏れていると知らない奴らは、まんまとランダ第一王子という生き餌に食いついてきた。
『ランダ第一王子を守れっ!』
『こちらに、ランダ王子!』
緊迫感を演出する為に大声を出して応戦した。襲撃者達があまりに弱かったので苦戦しているふりをするのが大変だったくらいだ。
『ランダ、少しはやられろ。無傷だと怪しまれる』
『…そのつもりだが相手が弱すぎるんだ!』
こんな会話を二人で交わしていた。結局ランダは最後には諦めて、無傷だった自分の額に剣の柄でこっそりと青痣をつけていた。
俺達がその場で襲撃者を捕縛はしなかったのは、黒幕も含めて一網打尽にする予定だったからだ。トカゲの尻尾切りでは意味がない。
それに出来ればこの国の者達に裁かせたいと考えていた。
余所者が前に出れば反感を抱くものは必ずいるだろう。そうでなくとも俺達はこの国の貴族によく思われていない。
目的が達成できるならば、わざわざ敵を増やすような真似をしなくていい。
それにそちらの問題は自分達で解決しろとも思っていた。
――俺達は便利屋ではない。
自国の民の為ならばそれでもいい、むしろ頼られていると歓迎する。
だがこの国の為に都合よく働く気はない。
腐った果実が投げつけられたから叩き落としただけで、わざわざ手を汚してまで箱の中から取り除いてやる義理はない。
だから委ねた、自分達で正しく処理をしろと。
――決して信頼していたわけではない。
アンレイ国王達は我々の思惑など気づきもせずに調査を開始した。
もちろん俺達は調査の邪魔は一切していないし証拠の隠匿もしなかった。
ただ手伝いもしなかったが…。
普通そんなものは必要ないだろう、みな子供じゃないんだ。
視察団ではどんな報告をしてくるか事前にいろいろなパターンを想定していた。
及第点に達していればそれでいいし、落第点だったら裏から介入するつもりだった。
落第とは努力はしたが、結果が出なかったということ。
つまり無能だと証明することになる。
だが奴らは落第すら出来なかった。
――真実を捏造した。
無能にすらなれなかった。
想定していなかったわけではない。『まず有り得ないな…』という部類の中には入っていた。
だがまさかそれを、それも一番最悪とも言える形でやってくるとは正直思っていなかった。
愚かな奴はどこにでも必ずいる。だがまさかこの国の上の者達は愚か者しかいないとは思わなかった。
こちらの見通しが甘かったんだ。
くそっ、俺は何をやってるんだっ!
――後悔しても遅い。
もう彼女はこれ以上ないくらいに傷つけられている。
自分への苛立ちからいても立ってもいられず、立ち上がって思いっきり壁に拳を叩きつける。手から血が滴り落ちていくが、構わずに二度三度と殴りつけた。
ジュンリヤが感じている痛みはこんなもんじゃない。彼女は心から血を流し続けている、今も…。
「正直驚いている。この国の上の者達は自分の頭で考えない奴しかなれないのか…」
報告書の写しを読み終えたランダが顔を上げて俺を見てくる。その視線は血を流している俺の手で一瞬だけ止まった。
「自傷はやめておけ、全くもって意味がない」
大丈夫かなんて一言も口にせず、淡々とそう告げてくる。
ランダのその冷静な態度に、怒りに沸いていた俺の頭も冷えてくる。
……すまない、助かった。
お陰で時間を無駄にせずに済んだ。
ランダは近くにあった布を『巻いとけ』と投げてきたので、俺はその布で素早く止血をする。
「これからのことを確認したい。いいか?」
「もちろんだ、レザム」
これから視察団としてどう動くかはすでに決まっている。
だから俺が言う確認というのは、私的な行動についてだった。