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36.揺らぐ決断②

「それは国王陛下をはじめ重鎮達の意見でもあるの…かしら……」


聞かなくとも答えなんて分かっていた。

宰相は権力を持っていない、つまり彼が独自の判断で動くことはありえない。


「状況から考えてそれしかないという一致した意見でございます。ただ国王陛下も私も隣国側に嘆願するつもりです。決して三年間国の為に尽くしてくれた王妃様を見捨てはいたしません」



宰相はアンレイと同じような言葉を口にする。


 この人も本気でそう思っている…。


王妃が罪人と信じているならば切り捨てるべきだ。

それなのに『王妃を助けようとしている自分』という逃げ道を用意して無意識に罪の意識をやわらげている。


作り上げた真実を妄信することもやめられず、かと言って宰相として非情にもなりきれない。


――なにもかも中途半端。



でも宰相はそんな矛盾した行動の意味に気づかない。

だからこんなにも平気な顔をしていられるのだ、彼の中には偽りなんて一つもないから。






「……一人にしてもらえるかしら」

「分かりました、王妃様」


宰相はもうそれ以上何も言わずに離宮から去っていった。






いま部屋には私しかいない。

侍女は『必要ないから』と私から断った。側にいられても気が休まることはないだろうから。


弟の為に屈しないつもりだった。

クローナに約束したから毅然とした態度を貫くつもりだった。


結果はどうなろうと覚悟はできていた。


そう、私だけなら……。




弟はまだ若いし当主としての経験も浅い。それに体のこともあるから無理はできない。


このまま私が頑なに否定したら必ずや矛先はあの子に向けられる。

私と同じで都合の良い証拠は揃っている。

提示される動機は可哀想な姉の代わりに恨みを晴らそうとしたというところだろうか。


私と弟が仲が良いのはあの孤児院で皆の目に止まっているはずだから『あの弟なら王妃の為に動くだろう』ともっともらしい事を言う証人は大勢出てくるだろう。


簡単に想像ができてしまった。


 あの子にはなんの落ち度もないのに…。


目に浮かんでくるのは『姉上!』と嬉しそうに呼ぶノアの姿。


――そんなことにはさせない。





私は違うと思っていた。

アンレイや宰相や貴族達と違って、王妃としての矜持を持って最後まで前を向いていられると思っていった。


三年前よりは少しは強くなれたと思っていたけれども、結局は私も彼らとそう変わらなかった。


――どこまでも王妃にはなりきれない。


自分にとって大切なものを守るために、王妃ではなく姉であることを優先させる。



屈しないと決断したくせにあっさりとその誓いを覆す。


……どこまでも弱い私。


これでは保身に走る彼らと同じだ。

ただ守ろうとしているものが違うだけ。


皮肉なことだけれども、この状況になって彼らの気持ちが理解できてしまう。



私もアンレイも宰相もその地位につくような器ではなかった。

もし先王が過ちを犯さなければ、私達は己の愚かさに気づくことなくそれなりに幸せな人生を歩んでいたのだろう。



 今さら考えても仕方がないことだけど……。






弟のノアには幸せな人生を送って欲しい。

両親が亡くなり一番辛い時に寄り添ってあげられなかったから、今度こそ守って見せる。


――もう寄り添うことが二度と出来なくてもいい。


勝手に決めたことをきっと弟は怒り悲しむと思う。

でもそれでいい、それが出来るのは生きているからこそだから。



アンレイや宰相は悪人ではないから、頼めば弟の立場は守ってくれるだろう。

いいえ、きっと私が言わずとも守ろうとする。無意識に罪悪感から逃れるために……。




――悲しくて、悔しくて、何よりも怖い。


隣国の次期国王殺害計画の首謀者となるのだ、アンレイや宰相が恩情を乞うても死をもって償うことになるかもしれない。


みっともないくらい手が震えているけれども、なぜか涙は出てこない。

少しでも気持ちを吐き出せたら楽になるかもしれないのにやはり泣けなかった。


こんなところだけ王妃のままだった。




明日、断罪の場にあの子がいないことだけが救いだった。優しいあの子にはたぶん耐えられない、私のことを信じているから。


あの時何度も振り返って私を見るあの子に『またね』と言わなくて本当に良かったと思っている。

 

 また一人にしてごめんなさい、ノア……。

 


この手にあの子の温もりがまだ残っている気がした。





◇ ◇ ◇


~とある貴族の胸の内~



私は男爵位を持っている貴族だ。

本来なら隣国の第一王子殺害未遂なんて重大な案件に関わるような地位にはいない。


しかし五日という短い日数のうちに調査を終わらさせる為に下っ端の私も調査の手伝いを許された。

出世のチャンスだなんて大それたことは考えもしなかった。


ただ自分に出来る事を黙々とやっていた。国がなくなっては困るからだ。



上の人達も必死だったが逃走中の犯人は見つからず、決定的な証拠もないまま調査は行き詰まっていた。


書類を届けに国王陛下や重鎮達がいる部屋に行くと、そこには集めた証拠や証言や状況が書かれた紙が無造作に置かれていた。何気なく見ていたらどれも王妃様に繋がるものばかりだと気がついた。


つい呟いてしまった『ここまで揃っているのは怪しいな…』と。

不敬なことを言ってしまったと青ざめた。


『確かにそうだな…』

『実は私もそうだと思っていたんだ』

『身分に関係なく証拠を見たら、王妃様しか考えられんな…』


次々と同調する言葉が上がっていくなか、これ幸いと咎められる前に私は部屋を後にした。


それから行き詰まっていた調査に進展があった。

なんと首謀者はあのお飾りの王妃様だったのだ。


自分の指摘が解決に繋がったなんて畏れ多いことは思ってない。

こんな重大な案件が名乗りもせずに部屋を出ていった者の言葉に左右されるはずがない。


だから上の者達が証拠を精査し直して真実に辿り着いた結果だろう。


もちろん下っ端の私には詳細なんて教えられないが、たぶんそうだ。



王妃様が黒幕だったのは正直驚いたが納得もできた。

あの噂をすべて信じていたわけじゃないが、嘘ではなかったんだ。きっと人質として隣国で人に言えないような辛い目にあっていたのだろう。


 まあ、王族だから仕方がないか。


いざという時は国の為に犠牲になるのも公務のうちだ。王族はあくせく働く私と違って良い生活をしているのだから。




とにかく明日の期限に間に合って本当に良かった。

王妃様の首を差し出して隣国側が溜飲を下げてくれることを願うばかりだ。




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