33.隣国の寛大な心
二人でじっと動かずに待っていると外から馬車の扉が開けられた。
目に入ってきたのは『お怪我はございませんか?』と尋ねてくる我が国の騎士の姿。
――襲撃が終わった。
随分と長く感じていたけれど、実際には10分程度の出来事だったらしい。まずは安全の確保優先ということで、詳しい説明がないまま急ぎ王都へと戻った。
そして王宮に着いてから今回の襲撃についての詳細な説明がされた。
襲撃者達の狙いは隣国の次期国王だった。
ランダ第一王子は応戦した際に怪我を負ったものの、隣国と我が国の騎士達の活躍により幸いなことに軽傷で済んだ。
そして隣国の騎士に負傷者はおらず、我が国の騎士も負傷はしたが命を落としていた者は一人もいなかった。
残念ながら生け捕りにできた襲撃者はおらず、生き残った数名が散り散りになって逃げたらしい。
この事実にアンレイを始め重鎮達は震撼した。
今回の襲撃を許してしまったのは我が国の責任だった。
滞在中の視察団の安全は保証されるべきもので、何かがあってから動いて結果として大事には至らなかったとしても、謝罪だけで済まされることではない。
そのうえ隣国の次期国王を守りきれずに傷を負わせたのも事実。それが軽傷だったとしても責任は重大だ。
本来なら間違いなく国際問題に発展する案件である。…最悪先王の愚行を持ち出されて、国王の関与を疑われ宣戦布告されてもおかしくない。
――しかしそうはならなかった。
私達の前に治療を終えたランダ第一王子が現れた。包帯を額に巻き痛々しい姿であるにも関わらず、穏やかな笑みを浮かべている。
「私は視察中の警護について自分達で対処すると申し出た。それに私の体調不良で予定が狂い、あの時間帯にあそこを通る事になったのも今回の襲撃を誘発する要因となった可能性は否定できない。つまり非は私にもある。だからそちらの責任を一方的に追求する気はない。今回の件を調査し正しく対処すると約束してくれ、アンレイ国王。…そうだな五日以内にそれが出来るというなら信頼して任せよう」
それは寛大すぎる対応だった。五日と期限は短いが、その申し出は我が国にとって救いでしかない。
「寛大なお心に感謝いたします、ランダ殿下。必ずや真相を明らかにして正しい処罰を行うとお約束します!」
「さすがはアンレイ国王、頼もしい限りだ。…期待している」
アンレイは慈悲深いランダ第一王子に恭しく感謝の意を表した。
確かに今回の警備に穴ができる可能性を伝えたにも関わらず、強引に事を進めたのはランダ第一王子に他ならない。
でもここまで信頼して任せてくれるとは、アンレイを始め誰も思っていなかった。
――まさに我が国に都合のいい展開。
隣国は我が国に恩を売ったということだろうか。
でもその必要があるとも思えない、立場は完全にあちらのほうが上なのだから…。
隣国はなにを考えているの…。
きっとそう思っているのは私だけではなかったと思う。
でもそれをこの場にいる誰も口にはしなかった。
余計なことを言って、前言を撤回されたら窮地に立たされるのは間違いなく我が国だからだ。
アンレイはすぐさま襲撃犯の正体を突き止めるべく動いた。
見つけなくてはいけないのは生き残った逃走中の実行犯だけでなく、――その背後にいるであろう首謀者。
もちろん貴族達も協力は惜しまなかった、隣国との関係が悪化して困るのは自分達だから。
私や側妃やあの場にいた全員も調査に協力をした。あの場で見聞きした些細なことが手掛かりになるかもしれないからだ。
国の威信を掛けての調査は異例の速さで進んでいく。
――猶予は五日しかない。
証言や証拠や状況など知り得たことを丁寧に繋ぎ合わせながら、襲撃計画の首謀者を突き止めようと全力で取り組んでいた。
◇ ◇ ◇
そして事件から四日後、――期限まであと一日を残すのみとなった。
「残念だよ、ジュンリヤ」
「……アンレイ?」
突然私の部屋を訪れたアンレイは沈痛な面持ちでそう告げてくる。
――意味が分からなかった。
彼の後ろに控えている近衛騎士達は侮蔑の表情を隠すことなく私を睨んでいる。
それはお飾りとはいえ王妃である私に向けて許される視線ではなかった。
まるで罪を犯した者に向けるような鋭い眼差し。
どうしてそんな目で……。
心当たりはない、でも嫌な予感がした。