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32.襲撃③

――楽しい時間はもう終わり。


別れの挨拶を済ませると、ノアは何度も何度も振り返りながら『姉上、お体に気をつけて…』と手を振りながら私から離れていった。


――今度はいつ会えるか分からない。


本当は『またね』と言いたかったけれど、期待させて会えなかったらがっかりさせることになる。

だから心の中で『またね、ノア』と届かない言葉を紡いだ。




弟の姿が完全に視界から消えると、私の前にレザが無造作に手を差し出してくる。

その手に握られていたのは真っ白な清潔なハンカチだった。


「ほら、これ使えよ。王妃」

「…ありがとう、レザ」


私のハンカチは泣いていた弟に渡してしまったので、彼の申し出はとても有り難かった。


受け取ったハンカチで溢れる涙をそっと拭いていると『返さなくていい。鼻水がついたからな』とこの場面にそぐわない巫山戯たことを言ってくる。


「涙だけよ、…鼻水は出ていないもの。ちゃんと洗って返すわ」

「いいや、出てた。この目でしっかりと見た」


私の否定の言葉を彼は間髪入れずに否定する。その表情はなぜか真面目そのもの。


これでは本当にあれが出ていたことにされてしまう…。

どうでもいい事だけれど女性として譲れないところだった。


「レザの見間違いよ。涙しか出てないかったわ」

「王妃、俺の視力は全く問題ない」

「問題あるわ!」

「ない!」


つい私もムキになってしまい、不毛なやり取りが私と彼の間で続いていく。どんどん言葉の中身がなくなっていってまるで子供みたいだ。


――くだらな過ぎる会話。


なぜか気が楽になっていく。いいえ、くだらないからこそ重い気持ちが薄らいでいった。



「隠さなくていい、王妃だって鼻水くらい垂らすもんだ。弟には黙っておいてやる、くっくく」


彼が完全にいつもの調子に戻った時には、気づけば私の涙も止まっていて、彼につられるように笑ってしまった。


 …わざとだったのね。


彼は私を元気づけようとしていたことに気づいた。紳士的とは言い難いけれど、その効果は抜群だった。


だって私は彼と今一緒になって笑えている。


「レザ、ありがとう」

「はぁっ?なに言ってんだ、王妃」


礼儀正しくないレザに戻っている。

どちらが素なのか分からなくなってくるけれど、どちらでも構わない。


――気遣いに溢れたその態度には感謝しかない。



彼のお陰で私は皆のところに戻る前に、王妃として完璧な微笑みをまた浮べることが出来ていた。







そのあと視察は順調に進んだが、終了時刻は予定よりもだいぶ遅くなってしまった。

もともと隣国の馬の不調で途中で馬を替えたりして到着が遅れたうえに、ランダ第一王子の体調不良で余計に休憩時間を取っていたからだ。


前もって予測ができないことが重なったので仕方がない。


その結果、孤児院を出てすぐに日が暮れてしまい、薄暗いなか馬と馬車を走らせることになってしまった。

警備は万全とはいえ、やはり視界が悪いと危険は増すことになる。


でも視察団一行に必要以上の緊張感はなかった。

各地で彼らは歓迎されていたし、今までも今日のように予定より遅れることはあったが、問題はなにも起こらなかったからだ。


私も不安を感じてはいなかった。





ガッタンーー。


突然馬車が大きく揺れてから止まった。

それと同時に周囲からは怒声や刀がぶつかるような金属音や馬の嘶きが絶え間なく聞こえてくる。


――襲撃だった。


『国王陛下を守れっ!』

『ランダ殿下が危ない、早くお助けするんだー』

『馬車に近づけさせるな、追い払えっ!』


状況を伝えてくる者は誰もいない。でもその混乱ぶりは馬車の中にいても伝わってくる。

つまり私達に構っている余裕はないということだ。


「…やっ、ここから…逃げなくては」


シャンナアンナは馬車の外に出ようとする。命の危険を感じて完全にいつもの冷静さを失っていた。

今の状況で外に出ても私達の存在は味方の負担にしかならないのに、そんな簡単なことさえ判断出来なくなっている。


「外に出たら味方の足を引っ張ってしまう。私達に出来ることは大人しくここで待つことだけ」


私は扉を開けようとする彼女の前に立ち塞がる。恐怖は感じていたけれど自分でも驚くほど冷静でいられた。


三年間の人質生活が役立っているのかもしれない。どんな時でも慌てずに自分の置かれた状況で最善を尽くすようにしてきたから。


あんなに辛かった経験が自分を救ってくれるなんて複雑な気持ちだった。


――人生には無駄なことなんて一つもないのかもしれない。




シャンナアンナは私の言葉を素直に聞いてくれた、というよりも腰が抜けて立てなくなっていた。


彼女は震えながら私の腕にしがみついて来る。

たぶん恐怖から自分の行動を認識していない、ただ近くにあるものに無意識に縋っているのだろう。


私は彼女の腕を振り解きはしなかった。

安心させてあげたいと思ったわけではない、そこまで優しくなんてなれない。


また取り乱されるよりはこの方がましだったからだ。

 





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