3.側妃の牽制②
話さなくてはならない、二人の時間が欲しい。
三年間という月日は思っていた以上に、……私と彼とを隔てる壁となっている。
「アンレイ、二人だけでゆっくりと話したいわ。このあと時間は取れるかしら?」
「もちろん大丈夫だ。そのつもりで庭園に君の好きなお茶を用意させてある。昔のように二人でお茶を飲みながら積もる話をしよう」
彼が私に話すつもりがあるのが分かって、少しだけ心が軽くなる。
そうだ、彼は何でも私に話してくれていた。きっと後から私だけに胸の内を打ち明けるつもりだったのだろう。
…良かった、彼は変わっていない。
彼は私を連れて王宮の庭園へと歩き始める。もちろん臣下達は私達を止めることはしなかった。
「待ってくださいませ!アンレイ様に確認していただきたい、急ぎの書類がございます」
私達に側妃シャンナアンナが後ろから訴えてくる。
「急ぎだと?宰相からは聞いていないが、そうなの――」
「責めないでくださいませ、多忙ゆえに言い忘れたのでしょう。宰相には私から言っておきますので」
宰相に確認しようとする彼の声を、側妃が遮ってくる。
彼女の口から出たのは宰相を庇う発言。
王族である側妃からこう言われたら、臣下である宰相は彼女の言葉を真っ向から否定は出来ない。
宰相は肯定も否定もせずにただ静かに頭を下げる。そしてアンレイはそれを肯定だと受け取った。
「ジュンリヤ、先に庭園で待っていてくれ。確認が済み次第、私もすぐに君の元に行くから」
それだけ告げると、彼は側妃と共に足早に去っていく。
『王妃様、失礼いたします』と申し訳無さそうに告げてきた側妃。
去り際に一瞬だけ見せたその横顔は口角が少しだけ上がっていた。
「……分かりました。いつまでも待っていますわ、アンレイ」
取り残される形となった私は、彼の背に向かってそう声を掛けるしかなかった。
彼女がどんな人物なのか私はまだ何も知らない。
不用意な発言は自分の首を絞めることになる。
彼は振り返りはしなかったが、手を上げていたので聞こえていたはずだ。それに彼の腕に絡みつくように体を寄せていたシャンナアンナの耳にも届いていただろう。
しかしいくら待ってもアンレイは庭園に来ることはなかった。淹れてもらった三杯目のお茶が冷めきった頃に、侍女が申し訳無さそうに告げてきた。
「王妃様、国王陛下はこちらに来れないそうです。側妃様が急に具合が悪くなったので付き添っていらっしゃいます」
「そう、分かったわ。伝えてくれてありがとう」
優しく微笑んでそう返事をすると、侍女は自分が叱責されないで良かったというような顔をしていた。
どうして……。
心のなかでここに来なかったアンレイに問い掛ける。でもすぐに私はそれを正しい思いに訂正する。
やはりね…、こうなる気がしていたわ。
アンレイの考えは分からない。
分かりようが無い、何も話してくれなかったのだから。
でもあの側妃の思惑だけは間違えようがなかった。私には対して負の感情しか感じられない。
そして彼はあの側妃を拒絶してはいない。
――それだけが今、分かっている事実。
貴方の気持ちが分からないわ…。
貴方のもとに帰って来てはいけなかった…?
変わらない、そして変わってしまったアンレイ。
私はいるべき場所に戻ってきたつもりだった。
でもここにはもう私の居場所はないのだろうか。
………もう私はいらない?
それとも三年前に捨てたつもりだったの……。
きつく握りしめた手には爪が食い込み、血が滲み出ていた。考えれば考えるほど分からないけれど、容赦なく心は抉られていく。
それでも涙が流れることはない。
私は王妃だから、どんな苦しくても涙を見せることは許されないから。
――そういう生き方しか知らない。