25.追及と拒絶②
ガッシャーンッ…。
アンレイが腕を振りかぶり持っていた杯を床に叩きつけて立ち上がる。
中に入っていた酒が飛び散り私と彼に掛かったけれども、二人とも気にする余裕なんてない。
「君はなんにも分かっていないっ!この三年間どんなに私が必死にやってきたか…」
「そうね、分かっていないことだらけだわ。だから教えてちょうだい、あなたがしたことを、そしてしなかったことを」
怒りに震えているアンレイに対して私はできるだけ冷静に話をする。
――怖かった。
私と彼が一緒に過ごした短い時間は穏やかなものだったから、こんなアンレイを見たのは初めてで…。
「わ、私は三年間必死にやってきた。ジュンリヤ、君の為だ!ただ君を取り戻そうと必死だった。だが力がなかった…。はっはは、努力?誠実?真面目?そんなものは権力の前にはなんの役にも立たなかったよ。綺麗事だけでは駄目なんだ。だから行き過ぎない限りは目を瞑った。飴と鞭を使い分けただけだ。これは貴族社会を上手く纏める為の必要悪なんだ!すべては君を愛しているからだ、ジュンリヤ!」
そう叫ぶアンレイ。
この国の貴族社会は三年前も清廉とはほど遠かった。先代王の暴挙を止めようとするよりは、みな自己保身を優先させた。力のない者達は口を噤み、また一部の者達はすり寄って甘い汁を吸おうとした。
……押し付けられるように王位を継いだ彼は私がこの国を去った後も苦しい立場だったのだろう。
それは容易に想像できる。
けれども私の心のなかに以前のような想いが蘇ることはなく、どこか冷めた目で彼の言葉を聞いていた。
……愛している?
あなたがいま愛しているのは私ではないわ。
……君のため?
そうだったかもしれない。でも民を犠牲にするのは間違っている。私が犠牲になったのはあなたと民の為であって、貴族の私腹を肥やす為ではないわ。
私の実家も弱小貴族でしかないから国王となった彼の為に出来ることは何もなかった。
だから彼が一人で苦しんでいたのは理解できる。
真面目だからこそ人質の王妃を見捨てるという非情な選択も考えられなかったのだろう。
優しい人だけど、その優しさは民の犠牲の上に成り立たせるものではない。
この状況を彼が自ら望んだのではない事は分かった。
彼も苦渋の選択だったのだろう。
そして『必要悪だ』『施政は綺麗事だけでない』と心のなかで言い続けて、いつの間にか彼にとってそれが当たり前だと思うようになった、……たぶん。
だから視察でも罪悪感を彼から感じることはなかった。
人の心は見えない。
だからここまでは私が彼の告白を聞いて思い描いたこと。
「一部の貴族が潤うということは民の生活から搾り取っているのと同じことよ。どんな理由があろうとも正当化出来ない」
正論が役に立たないこともあるのは分かっている。
でもあえて正しいことだけを口にする。
彼にこの間違った選択と向き合って、これからのことを考えてほしいから。
…それをしなければ隣国からの判断は容赦がないものになるだろう。
「ではどうすれば良かったと言うんだっ!貴族に甘い汁を吸わせなければ、ここまで復興は出来なかった。私は誠実を貫き通し何も出来ない王でいたら良かったのか…?君は三年間隣国にいた。自由はなかっただろうが、何もせずにただ衣食住が保証された生活を送っていただけ。実際に苦労していたのは私や宰相や側妃だ。ジュンリヤ、君は何もしてやしない。……ふっ、それともあの噂のように体を使って我が国の為にも奉仕でもしていたのかっ?!」
「……っ……」
吐き捨てるようにそう言うアンレイ。
何も言えなかった、彼の言葉に体がどうしようもなく震えてしまって。