24.追及と拒絶①
視察で抱いた違和感を誰かに話すことはなかった。
すぐにアンレイに尋ねたら、視察から外されてしまうのではと懸念したからだ。
彼に話す前に自分の目でもっと確かめたかった。中途半端な問いでは、はぐらかされてしまうかもしれないから。
…それに私の側には相談できる人は誰もいなかった。
だからお飾りの王妃のまま視察に同行し続け、知れば知るほど心は重くなっていった。
そんな私を救ってくれたのはやはりレザだった。
彼は人気がない時を見計らって、くだらない会話で私を笑わすとすぐに去っていく。
それだけのことが不思議と重くなった心に染みた。
そして視察から5日目に私が辿り着いた答えは、やはり視察初日に感じた違和感を肯定するものだった。
たぶん、…いいえ、きっとアンレイは知っている。
彼は幼い頃から王になるべく教育を受けては来なかったけれども、決して無能な人ではない。
つまり意図的に見て見ぬ振りをしているか、それとも積極的に関わっているかのどちらかだろう。
――どちらにしろ、このままにしておけない。
ランダ第一王子がどれほど優秀な人物なのは知らないけれど、レザが気づいているのだから王子の耳にも確実に入っているはずだ。
だから隣国が判断を下す前にアンレイと話し合って少しでも状況を変える必要があった。
――すべての視察が終わってから動いたのでは遅すぎる。
5日目の視察が終わった後、周りに気づかれないようにそっとアンレイに話し掛けた。
「アンレイ、今日の夜に二人だけで話せる時間を作って欲しいの」
「まだ視察が終わっていないから準備などで忙しいんだ。隣国の視察団が帰国したら少しは私の仕事も落ち着く。それまで待ってくれ、ジュンリヤ」
彼が忙しいのは私だって分かっている。
でも今日だけは譲れない。
なにかあって困るのは不正をした者達だけなく、そのしわ寄せは民達に来る。
「いいえ、待てないわ。お願い!とても大切な話なのよ、アンレイ」
彼は引き下がらずに懇願する私に驚いている。
今までは公務だからと言われたら『分かったわ』と微笑んで終わらせていた。
どんな形だろうと国王を支えるのが王妃の務めだと思っていたから。
でも今は曖昧なまま終わらせないのが、王妃として私に出来ること。
「分かった、なんとか時間を作ろう。だがかなり遅い時間になってしまう、それでいいか?」
「ええ、構わないわ」
「仕事が片付いたら声を掛けるから待っていてくれ」
「アンレイ、ありがとう」
彼は困った顔をしていたけれど、声音はいつもと同じままだった。
私が今日の夜なにを話そうとしているのか、たぶん気づいていない。
ただ私の我儘を叶えようとしているだけなの。
――何も分かっていない。
その晩、アンレイの従者が『王妃様、お待たせいたしました』と私を呼びに来たの夜が更け日付が変わった頃だった。
案内されたのはアンレイの執務室。
まだ正確には三ヶ月は過ぎていないから、私の自室でも彼の自室でもなくこの場所を選んだのだろう。
真面目なところは変わっていない。
…でも変わってしまったこともある。だからいま私はここにいる。
トントンッ……。
従者は返事を待つことなく扉を開け『王妃様中へどうぞ』と告げてくる。アンレイから事前にそうするようにと指示されているのだろう。
私が執務室に入るとアンレイは私を見るなり破顔する。
「ジュンリヤ!待たせて悪かったな」
彼の手にはお酒が入った杯が握られている。どうやら私が来るまでお酒を嗜んでいたようだ。
きっと私が真面目な話をするとは思っていなかったのだろう。
アンレイはお酒に強くはない、飲んだらより感情が表に出ていつもよりよく話すようになる。
…ちょうどいいかもしれないわ。
これから話すことは公にはされていないこと。聞いても誤魔化そうとするかもしれない。
でもお酒を飲んでいる彼なら、口が軽くなるかもしれない。
私はアンレイの隣ではなく前にある長椅子に座った。
「アンレイ、聞いて欲しいの」
そう言ってから私は彼に視察で感じた違和感を一つ一つ伝えていく。そして私が調べた事実と照らし合わせながら、『すべてを組み合わせたら裏で誰かが不正を働いているとしか考えられない』と最後に告げた。
誰とは断定はしなかった。
その先はまだ私の推測でしかない。
限りなく黒に近いけれども、まだそれを私からは言わなかった。
出来れば彼が自分から話して欲しいかった。
想いはなくなっても、彼を嫌悪しているわけではない。
彼の心変わりを知った時は辛かったけれども、…もう冷静に受け止められている私がいる。
仕方がなかった、三年間は誰にとっても短くない時間だからと納得している。
もう関係を元に戻そうとは思っていないし、戻りたいとは思わない。
――国王と王妃の関係でいい。
アンレイは一言も口を挟むことなくただ黙って聞いていた。
「………あとで調べておく。ジュンリヤ、この話はもう終わりだ」
また終わらせようとする。
私にはこの態度が民に背を向けているように見えた。
私からは逃げてもいいわ、それは構わない。
でも国王であることからは逃げないで!
私も彼もなりたくて国王と王妃になったわけではない。でも自らの責任を放棄していい理由にはならない。
「それでは遅いわ、今回の視察で隣国だって気づいたわ。あの国はこの事を決して軽視はしない。この不正は上の者が関わっていなければ出来ないはず。つまり国王が貴族を纏められていない、または国王自身が――」
「私が何だと言うんだっ!ジュンリヤ」
初めて聞く彼の怒声に一瞬怯み言葉を途切れてしまう。
お飾りでもなんでもいい。
でもこれだけは言わなくては…。
これは私だけが我慢すれば済むことではない。
私は彼を真っ直ぐに見つめ、先ほど遮られてしまった言葉の続きを口にする。
「国王自身が不正を黙認、もしくは加担していると隣国は考えるはずよ。…私もそう思っているわ、アンレイ」
そう告げた私の足はまたドレスの下でみっともなく震えていた。
レザのお陰で勇気をもらったけれども、やはり人はそう簡単に変われないらしい。
弱い自分だけれども、それが隠れて見えないならばいい。――強いふりは出来るから。