23.視察の違和感②
たぶん、いいえきっとレザも気づいている。
アンレイ達に向ける冷たい視線がその証拠だ。彼は意味もなく軽蔑するように人を見たりしない。人質だった私にさえ、そんな眼差しを向けはしなかった。
敵とか味方以前に人としてどうあるべきかを考えて行動する人だ。
彼は口は悪いけれども愚かなではない、…その反対だ。
私は噛み締めて血が滲んでいる唇を開く。
「……ごめんなさい」
「謝るな、王妃のせいじゃない」
不甲斐ないお飾りの王妃だとしても、その地位にいるのなら責任は負うべきだ。『知らなかった』は無能だったのいいわけにすぎない。
「このままにはしない、国王陛下に私から話をするわ」
まずはちゃんと確かめなくては。
誰が積極的に関わっていて、誰が見て見ぬ振りをしているのか。
…もし国王が間違っている道を進んでいたら諌めるのは王妃の務め。
公務に自分の感情は関係ない。アンレイへの想いがなくても王妃としての責務を放棄はしない。
「くそっ、俺では頼りにならないのか………」
レザがなにかを呟くが、小さな声だったので聞き取れなかった。彼の顔を見ようとしたけれど、彼にしては珍しく私から目を逸らす。
「もう一度言ってくれる?レザ」
「大したことじゃない。……勝手にしろって言っただけだ」
ぶっきらぼうな口調だったけれど、突き放したのではない。
もしこの国の上層部に問題があれば隣国は見逃しはしないだろう。
それは彼の国の騎士であるレザだって同じだ。
でも猶予を与えようとしてくれている。
レザ、ありがとう。
……感謝するわ。
私を温かく受け入れてくれた民の為にも自分が出来ることをするだけ。
「…随分といい顔になったな、王妃。俺たちの国にいた時と同じ顔をしている」
「同じ表情…?」
レザの言っている意味が分からなくて同じ言葉を繰り返した。
「俯かず前だけを見て、どんな時も凛としていた。まあ、敗戦国の王妃のくせに生意気だと一部では評判だったけどな、くっくく。だがそのほうがあんたらしくていい」
そんなふうに見られていたなんて意外だった。
虚勢を張らなければ挫けそうだっただけ。私の落ち度で国に影響を及ばさないように、隣国までついて来てくれたクローナを不安にさせないように、とにかく必死だった。
――いつだってドレスに隠れた足は震えていた。
王妃である私とただの私がいつだって葛藤していた。
――どちらも捨てられない。
逃げはしないけれど、そんなに強くもない。
今だってぎゅっと手を握り締めている。
そんな私をレザは真っ直ぐに見てくる、まるで分かっているというかのように。
その視線は鋭いだけでなく温かさもあった。
「勘違いするな、一人で背負えとは言っていない。何かあったら俺を頼れ」
「レザには迷惑は掛けられないわ」
レザを巻き込む気はない。
この国の王妃である私が頼っては隣国でのレザの立場が悪くなってしまう。
「迷惑かどうかは俺が決める。だから約束しろ、無理な時は俺に頼ると。……暇だったら助けてやる」
珍しく強い口調で迫ってくる。
でも最後の台詞から伝わってくるのは優しさだけ。それは私が頷けるように、わざと付け加えた言葉にしか聞こえない。
「おい、返事をしろ!俺はっ……、今は暇じゃない」
アンレイ達の話が終わったようで、彼は焦るように返事を求めてくる。
付け加えた最後の台詞は『今は』だけが強調されていた。『今じゃなければ暇だ』と遠回しに言っているのだろう。
ふふ、彼らしいわ。
その優しさはぶっきらぼうな口調でも隠しきれていない。
何かあっても彼の優しさに甘えるつもりはない。
でも今だけは是と答えよう、彼の気持ちを無下にしたくないから。
「本当に困った時は頼らせてもらうわ、レザ」
「約束は守れ、王妃」
彼の声音から伝わってきたのは安堵だった。
私は彼のその気持ちから力を貰った。強くないけれど、孤独ではないと思うと何があっても乗り越えられると思えた。
それから私は何事もなかったように視察を続け、レザもその日はもう話し掛けてくる事はなかった。
こうして視察初日は滞りなく終わり、ランダ第一王子は『有意義な視察だった』と笑みを浮かべて国王アンレイと固く握手を交わしていた。