21.視察の始まり
一週間の視察には国王アンレイだけでなく宰相や重鎮達も同行することになっていた。
王妃である私と側妃は視察には行かない予定だったけれども、復興に深く関わっている王妃達も一緒にという隣国側の希望により急遽同行することになる。
そのうえランダ第一王子から『より有意義な視察にしたい』と視察場所のリストを提示される。
それはこちら側が事前に準備していた場所よりも遥かに多かった。
「申し訳ございません。今からですと迎える準備や警備の手配が間に合いませんので…」
宰相が顔を青ざめながら遠回しに無理だと申し出る。
それは当然のことだった。
隣国の王族に何かがあってはいけないから視察場所の警備は厳重にしている。しかし予定の変更はその警備に穴ができてしまう可能性が高い。
もしなにかあったら我が国はその責任を負うことになる。
――責任など負えやしない。
宰相に続き、アンレイも『今回は予定通りに…』と丁重に申し出る。
「余計な準備はいらない。視察であって歓待を受けに来たわけではない。それに我が国の騎士達がいるから警備のことは気にしなくていい」
「しかしランダ殿下に何かあったら――」
「何かがあったらこ・ち・ら・で対処する、アンレイ国王」
国王アンレイの言葉はランダ第一王子の強い口調によって遮られてしまう。
交渉の余地はないということだ。
「……承知しました、ランダ殿下」
アンレイは頷くしかなかった。
これによって視察は当初の予定よりもかなり過密な日程となった。
ランダ第一王子は『視察団に馬車は不要だ』と騎乗を望んだ。もともと隣国では成人男性が馬車を使うのは怪我などで騎乗できない場合だけ。
そうなればこちら側だけが馬車に乗るわけにはいかない。だから馬車を使うのは王妃と側妃、そして騎乗できない者数名に決まった。
こうして視察が始まった。訪問場所は多岐にわたっており順番に巡っていく。
そして視察先では民達の熱烈な歓迎が待っていた。
「アンレイ国王万歳、ジュンリヤ王妃万歳!」
「ランダ殿下万歳!!」
民達は自国の国王夫妻と隣国の第一王子に対して交互に歓迎の言葉を叫んで、喜びを表している。
貴族は自分達の既存の権利を削いだ隣国をよく思っていない者が多い。
けれども民達にとっては隣国は先王の暴挙を止めてくれ、そのうえ復興の為に税の免除などを貴族に進言してくれた有り難い存在。
だからこその心からの歓迎だった。
それに私に対する反応も王宮内とは温度差がある。
側妃の働きは民の立場から見れば王宮文官のそれと同じくらいの認識。つまり身近に感じられてはいなかった。
民にとっては『国のために三年間人質として過ごした王妃』のほうがより身近に感じられるのだろう。
だから『側妃様』という呼び声もあったが、決して多くはなかった。
視察場所ではその事業を任されている貴族が詳細に説明を行い、ランダ第一王子一行が矢継ぎ早に質問をしていく。
アンレイや宰相、そして側妃も説明が足りない部分は補ったりして会話に参加していく。
私はそれを後ろから見ているだけだった。
復興事業にアンレイ達は実際に関わってきたが、私は隣国にいたからその時の状況を直接見ていない。
帰国してから学んだので知識はあれど、彼らを差し置いてまで話すことはなかった。
視察が終わり私達がその場を後にする時に、担当している貴族はアンレイや側妃に礼を告げてくる。
「国王陛下、側妃様、有り難うございます。私の説明不足をフォローして頂き感謝しております」
「国王として当然のことだ。礼には及ばない」
「そうですわ、側妃としてこれくらい当たり前のことですから」
本当に感謝しているからこその何気ない会話。
ここでも私は蚊帳の外だった。
三年間の空白をまざまざと感じてしまう。
たいがいどの場所でも貴族達はこんな感じだった。
いつものことだわ…。
王妃である私に丁寧に挨拶をしたあとは、見向きもしない。三年間不在だった王妃と話しても無駄だと思っているのだろう。
私は少し離れた場所で視察で感じたことを考えながら、彼らの会話が終わるのを待っていた。
「くっくく、仲間はずれか?王妃」
「……レザ?」
「そうだ」
突然聞こえてきたのは声はレザだった。
確かにこんな失礼なことを平気で言うのは彼ぐらいしかいない。
……もう少し言いかたってものがあるわよね。
でも姿は見えない。
キョロキョロと周りを見回していると彼の声がまた聞こえてくる。
「樫の木の影を見ろ」
大きな樫の木の側に彼はいた、ちょうど私からしか見えない場所だ。
さっきまでランダ第一王子の側にいたはずなのに…。
――神出鬼没な人だ。
「あら、レザこそ護衛騎士なのにフラフラしていたら干されてしまうわよ」
レザの軽口に合わせて言葉を返す。
隣国でも彼とクローナと三人でこんなふうに話していた。
「ははっは、つまらん冗談がいえるくらい神経が図太いなら大丈夫だな、王妃」
「冗談ではないわ、本気よ」
「……笑えん」
相変わらずな言いようだったけど、やはり私の様子を心配して来てくれたようだ。
有り難いけれども落ち込んではいなかった、『またか…』と思っていただけ。
でも彼との会話で肩の力がいい具合に抜けていく。
どうしてそうなるのだろうと考えて気づいた。
彼はクローナを感じさせるのだと。
どこがと言われても困るけれど、でも何かが似ている。
顔は似てないわ、では雰囲気かしら…?
きっとそれを伝えたら『ふざけるなっ』と叱られそうなので私だけの心に秘めておく。
でも彼の顔がクローナと重なりつい笑いがこみ上げてくる。
「おい!なに笑ってるんだ、王妃」
「なんでもないわ、っふ」
「全く失礼なやつだなっ、くっくく」
「それはお互い様ね」
腹の探り合いのようで、その実意味のない会話。
なぜか彼の前では王妃の笑みが外れ、自然に笑える。やはり彼との会話がクローナを思い出させるからだろう。
そんなことを考えていると、レザの視線が私ではなくアンレイ達に向けられる。
「それにしてもこの国の貴族は馬鹿ばっかりだな。そもそも王妃の三年間がなければ、復興する機会すら与えられなかったのに、その王妃にこの仕打ちとは呆れちまう」
レザは吐き捨てるように言い放つ。
私が思っていても決して口に出来ないことを、彼は簡単に言葉にした。
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