2.側妃の牽制①
平静を装うのに必死だった。
――私はこの国の王妃。
臣下の前で感情のままに醜態を晒すわけにはいかない。そんな事をしたら私だけでなく、国王アンレイまでもが侮られることになる。
今はだめ、しっかりしなければ……。
私は上手く微笑めているだろうか。
きっと大丈夫なはずだ、三年間も隣国でそうして過ごしてきた。
心のうちを隠すのには誰よりも慣れている。
そんな私の思いにアンレイは気づくことなく、その女性の方に近づいていく。彼女はアンレイ越しに私を見ながら、迷うことなく優雅に彼に向かって手を差し出す。
「王妃様の帰還が嬉しいからと言って、私のことを忘れないでくださいませ。アンレイ様」
「待たせて悪かったが、忘れてなんかいない」
拗ねたような口調だったが、私に向けるその眼差しには優越感が滲み出ている。
それは明らさまではなく私だけに分かるようにしている――上手いやり方だった。
ここで私が彼女の態度に眉を顰めたりでもしたら、悪者になるのは表向き『何もしていない彼女』ではなく『狭量な王妃』である私のほうだ。
アンレイは彼女の手を優しく取って軽く引き寄せ、自分の隣に並ばせる。
その動きはお互いにとても自然だった。
私との抱擁とは違う………。
「王妃様、シャンナアンナと申します。アンレイ様に望まれ二年前より側妃を務めさせて頂いております。王妃様におかれましては三年ぶりの王宮ですので、分からない事が多いかと存じますわ。どうぞ無理はなさらず、ゆっくりとお過ごしくださいませ」
思いやりに満ちた言葉を紡いでから深々と頭を下げてくる側妃シャンナアンナ。
アンレイは王妃である私を彼女が気遣っていると思って、満足そうに頷いている。
――彼女の真意は違う。
でもそう感じているのはきっと私だけ。
敵意は向けられている人にしか感じ取れない場合もある。彼女は巧妙に隠しているから尚更だ。
やはり彼女はアンレイの正式な側妃だった。
二年も前から娶っていたなんて…。
そんなことは聞いていなかった。
隣国では手紙さえも検閲されかつ制限されていたから、その知らせが私の手元に届かなかった可能性もあるだろう。
しかし迎えの騎士達も誰一人そのことを言っていなかった。
――違う、私の耳に入らないようにしていたのだ。
帰路の厳重な警備を思い出す。私が王妃だからだと思っていたが、きっと理由はそれだけではなかった。あれは国民の口から余計な情報が入らないようにしていたのだ。
それはきっと国王である彼の指示だったのだろう。
私は震える手を必死で抑えながらアンレイを見ると、彼も側妃の手を取りながら私を見ていた。
なんで私を愛しそうに見るの…。
どうしてそんな眼差しを私に向けてくるの…。
変わらない想い。
変わらないその眼差し。
想いのこもった熱い抱擁。
そのどこにも偽りは感じられない。
でも彼の隣には側妃シャンナアンナという存在がある。
――それは紛れもない事実。
「ジュンリヤ、側妃の紹介が遅くなって済まなかった。本当は先に話すべきだったが、君の顔を見たら嬉しくてつい後回しにしてしまった」
「まあ、それは私に対して失礼ですわ、でも許して差し上げます。私とは毎日一緒に過ごしていますが王妃様とは三年ぶりですものね、ふふ」
「気遣ってくれてありがとう、アンナ」
彼女の挑発的な言動は変わらない、私よりも優位に立とうとしている。
でも挑発には乗らない、そこまで私は愚かではない。
私の前で彼らは楽しそうに会話を続ける。
アンレイはもう私に側妃について話すべきことは済んだという態度だった。
――ただの事後報告しかしていないのに。
それだけなの?
私は臣下ではなく、貴方の妻ではないの…。
聞きたいことはたくさんある、ぶつけたい想いだってある。でもそれは感情を抜きにして話せることではない。
だからここではなく、二人だけで話したい。
貴方の言葉でちゃんと話して…、お願い……。