18.隣国からの視察団
心をすり減らしながらも、決して俯きはしなかった。
大丈夫、まだ頑張れるわ…。
いつか居場所ができる日が来ると信じている。
空白の三年間を補う近道はないけれど、王妃としての知識を学びながら出来ることを少しずつやっていく毎日。
そんななか隣国から視察団がやってくる日となった。
当初は隣国の王弟が来る予定だったが、急遽変更があり第一王子とその側近が来ることになった。
王弟だろうと第一王子だろうとこちらにとって状況は変わらない。
我が国への視察の目が緩くなることはないからだ。
朝から王宮内は緊張からピリピリとした空気が流れている。誰もが粗相があってはならないと気を張っている。
三年間の努力を些細なことでふいにしてはならないからだ。
本来なら王族は謁見の間で他国の王族を出迎えるのが通例だが、今回は王宮の門で彼らを出迎えることになっている。
属国にはなっていないけれども、対等ではない。隣国は私達が頭を下げるべき相手だからだ。
隣国の視察団がもうすぐ到着するという知らせが入ると、みな出迎える準備をする。
国王アンレイを先頭に王妃、側妃、宰相、そして重鎮達と並んでいく。みな服装は華美なものは纏っていない。隣国は王族でも着飾ることをあまりしないからそれに合わせている。
決して王族に財がないわけではない。反対に有り余る財を持っているはずだ。
隣国は豊かな国だけど、一部の者達が富を独占するのではなく民にも豊かな生活が行き渡るようにしている。
良い意味で見かけよりも中身を重視する国なのだ。
それに文化もかなり違う。
服装もそうだけれども、それだけでない。成人男性は皮膚に疾患でもない限り、入れ墨を入れている。
それは体だけでなく顔もだ。その繊細な彫りにはそれぞれ意味があり美しいとしか言いようがないが、残念ながら我が国では受け入れられない文化でもあった。
それもあって我が国の貴族は隣国に対して相容れない思いを抱いている者が多い。
けれどもそれを表情に出さない常識は持っている。機嫌を損ねたら、自分達の利益が守られないと骨身にしみているからだ。
「遠路はるばるお越しいただき有り難うございます。国王のアンレイでございます」
「出迎えご苦労、アンレイ国王。私は第一王子のランダだ。一週間ほど世話になるがよろしく頼む」
アンレイは初めて会う第一王子に失礼がないように、丁寧な態度で接している。
完全に上下関係はあるが、第一王子のほうも横柄な態度ではなかった。
私も彼と会うのは初めてだった。隣国では初日に国王との謁見を許されたけれど、それもほんの数分間のこと。
それ以降王族と会う機会は設けられなかった。
…そういう扱いだったのだ。
挨拶を終えると視察団は王宮内へと入っていく。
その人数はかなりのもので第一王子とその側近達、そして屈強な護衛騎士達が厳しい表情のままに続いていく。
その中の一人に見覚えがあった。
あの人は恩人さん…?
たぶんそうだ、でも絶対にあの人だと言いきれる自信はなかった。
柵越しに話していたと言ってもかなり距離は離れていたし、今のように髪は短くなかった。
こう言っては失礼だけれども、無精髭を生やしたうえに伸ばした髪を適当に紐で結き、身なりに無頓着で見かけだけなら『だらしない印象』だったからだ。
今は第一王子の護衛として来ているからだろう、かなり小綺麗になっている。
でも別人と言われたら、そうなのかと納得もしてしまう。
話せばきっと分かると思う、…でも話す機会はないだろう。
……残念だわ。
彼が本当に恩人さんなら一言お礼を言いたかった。
私とクローナは彼のぞんざいな、でも温かい言葉に救われたから今がある。
そう思っていると一瞬だけ彼がこちらを見た気がした。
その目は確かに笑っている。
――紛れもなくあの恩人さんだった。